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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第二部】 砂漠からの風
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別離には、笑顔で(後編)

「ラムウィンドス」


 どうあっても、このひとを引き止めることはかなわない。

 そんなことだけはわかってしまって、セリスは意志とは関係なく湧き上がってきた涙を乱暴に空いた手の甲でぬぐった。そして、ぐっと口角に力をいれてラムウィンドスを見上げた。


「ごめんなさい、うまく笑えないです」

「十分だ。無理を言ったのに、ありがとう」


 ラムウィンドスはセリス両の手を束ねて握り、唇に軽く唇を重ねた。

 速やかに手を離すと、月明かりに満ちたバルコニーへと後退する。


「夜明けが近い。ずいぶん冷えている。姫、部屋の中へ」

「いやです。見送らせてください」


(これが最後になるかもしれないのだから。……最後? もう会えない?)


 セリスが彼を選び、彼はセリスに選ばれたかったのだと告げてきた。

 想いが通じ合ったその日が別れだなんて、本当は泣き叫びたいくらいだった。

 しかも、ラムウィンドス自身はセリスの気持ちを言葉で確認もしないまま、選ばれたとも知らずにどこか遠くへ行こうとしている。

 いまのセリスには、それを止める手立てがない。


 苦笑しながら、ラムウィンドスは一歩戻ってセリスの手を引き、そのまま後退した。

 明りの下で見るラムウィンドスは、いつもと何かが違っていた。

 その理由に、セリスは遅ればせながら気づいた。


「今日は眼鏡をしていませんね」

「ようやく気づいた。姫は俺の顔には関心がないようだと、諦めかけていた」


 くだけた調子で言って、気はずかしそうに笑う。

 不意にセリスは息を呑んだ。

 今まで茶色だと思っていた瞳の色が、金色に輝いて見えたせいだ。


「目……その色……」

「俺は太陽(アスランディア)王家の生き残りだ。この髪も瞳も、月の王家とは対を成す色だ。この国で暮らす間は、目立たせるわけにはいかなかったけど」


 早口で言われたが、もはやセリスの耳には届いていない。


(アスランディア……!)


 息が止まっていた。すんでのところでその名を口にするのは回避した。

 砂色の髪、金の瞳。

 そっけない話しぶりと、面倒見のよさ。

 待ち続けていたひとの面影に、ぴたりと重なる。


 それを、避けられぬ別れの前に気づいたとて、なんの足しになるというのだろう。

 だからセリスは口をつぐんだ。その様子を見ていたラムウィンドスは、ほんの少しだけさみしげに苦笑してから、さっと機敏な動作で身を翻した。簡単に手すりに飛び乗って、肩越しに振り返る。


「姫」


 こたえるように、セリスは精一杯微笑んだ。

 ラムウィンドスは一度肯いて、飛び降りた。

 あっけないまでの身軽さで立ち去られた後も、セリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 身体が完全に冷えた頃、頬に流れ出した涙も枯れ始めて、セリスはその場に崩れ落ちるように膝を着いた。

 そのまま、しばらくまた泣いた。


 * * *


 翌朝、珍しいことに王宮の中庭における早朝稽古に総司令官が姿を見せなかった。


「……なんかあったんかなぁ。こんなこと、今までなかったんやけど」


 浮かない顔でアーネストは何度も建物を振り返る。


「何かあったとしても、ラムウィンドスなら大丈夫だと思います。来ない人のことは気にしていても仕方ないですから、わたしたちは出来ることをしましょう」

「姫さまはいつも元気やなぁ」


 剣を構えたセリスをまぶしそうに見ながら、アーネストは頷いた。

 結局、その朝は稽古終了まで総司令官は姿を見せなかった。

 そしてその後二度と姿を見せないこととなる。


 イクストゥーラ王国軍の総司令官ラムウィンドスは、月の国での役職を棄て、遠く遥かな砂漠の国へと出奔していた。



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✼2024.9.13発売✼
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