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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第二部】 砂漠からの風
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二人の影が重なるとき

「虫でもいたのか? 何も無いところで突然驚いていたようだが」


 間近な位置で囁かれる。

 心臓がにわかに騒ぎ出して、痛い。


「わたしが驚いたのは、あなたにです! いま物音を立てましたでしょう? その上、いきなり空から舞い降りてくるだなんて。剣を持っていたら抜いていたと思います」

「なるほど。悪くない話だ。とはいえ、姫はまだ決して強くない。今のまま鍛錬を怠ることなく体を鍛えつつ、敵に向かうことだけではなく、賢く立ち回って身を守ることを第一に考えるように」

「空から現れたことに関する釈明は一切なさらないんですね……」


 一体、どこから現れたのだろうとセリスは視線をさまよわせる。「あそこだ」とラムウィンドスは珍しくのどかな調子で言い、バルコニーからほど近いところにある大木を手で示した。


「あの木に上っていたんですか?」


 近いといえば近いが、どういう跳躍力があればそこからバルコニーに飛び降りられるのか、セリスには謎だった。

 一方のラムウィンドスは「あの木は枝を落とした方が良さそうだな。侵入経路になる」と護衛としての見解を述べた。そして、さりげない口調で続けた。


「姫が、今にも飛び降りそうに見えた。何か気になることでも?」


 夜の暗さと月の明るさの中、ラムウィンドスは普段よりずっと穏やかな表情をしていた。

 ひとりで心臓を高ぶらせていたのが急に恥ずかしく思われて、セリスは居住まいを正そうとした。だが、その拍子にラムウィンドスに腕を掴まれていることに気づいて、凝固する。


「姫? やはり、気分が優れないのか……?」


 ラムウィンドスの声はいつもより少しだけ甘く、一度手を離してから、背に優しく腕をまわしてきた。


「ラ、ラムウィンドス……!?」

「ふらついている」


 答えた声はそっけなかったが、的を射た返事は、セリスが何に動揺しているか正確に把握しているとしか考えられないものだった。


(わたしが、あなたを前にしたことで、みっともないほど慌てているのをわかっていて、からかっていませんか)


 セリスは背筋を伸ばしてラムウィンドスを見上げた。


「大丈夫です。体調にも問題ありません」


 月明かりの下。このときはじめてまともに正面から顔を突き合わせて、向き合う。

 ラムウィンドスは、おっとりと微笑んで言った。


「そうか。意地を張っているわけではないと?」


 セリスは咄嗟に言い返すことができない。ラムウィンドスに抱きかかえられるようにしながら、部屋に足を踏み入れた。

 背後に、ラムウィンドス。

 二人の影が重なり、月明かりが陰る。その暗さに胸騒ぎを覚えた瞬間。

 強い力に抱きすくめられた。


「姫……」


 名前を呼ぶことがかなわなかったのは、ラムウィンドスに背後から顔をのぞきこむようにされて、そのまま唇を奪われたせいだった。押さえつける力は強く、身動きのひとつもできない。


「ラ、ム、……」


 言葉にならない。

 わけがわからなかった。

 わからないままにラムウィンドスの鼓動を痛いほどに感じていた。



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