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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第二部】 砂漠からの風
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月が見ていた(後編)

 はじめ、自分に何が起きたのか理解できなかった。


 あのひと――ラムウィンドスの面影を描いたところで、心臓が、知らぬ間に高鳴っている。まるで自分のものではないみたいだ。


 胸が痛く、息が苦しい。


(私は、いま、何を、考えたの……? ラムウィンドス?)


 一瞬、自分が何か違うものになってしまった気がした。それほどに強い思いがとめどなく全身を駆け巡っていた。

 ラムウィンドスが、自分のそばにいることを、望んでいる。


(それは「選んだ」ことになるのでは?)


 身体が傾ぐ。

 思いが強すぎて、涙が滲んだ。喉が詰まる。なんとか手すりにしがみついて、やり過ごそうとするものの、強いめまいと耳鳴りが消えない。


(私は、いま……、願ってしまったかもしれない。皆の幸福ではなく、唯一人の笑顔を──)


 ──唯一人を、選んでしまったかもしれない。


 その可能性は恐ろしすぎて、到底受け入れることはできない。

 「幸福の姫君」は、世界を繁栄に導くための王を、伴侶として選ばなければならない。

 そのことは、今では以前よりよく知っていたし、理解しているつもりだった。

 自分でも半信半疑な面はあったが、ともかく、絶対に間違えないようにしようと思っていた。

 誰もが幸せになれるように、最良の相手を選ぶ責任が自分にはあると、心得ていた。

 それなのに。

 いま、なんの前触れもなく。


 自分の中の何かが、相手を定めた。


 信じたくはなかった。

 その瞬間、そこには崇高な理想も輝かしい未来も関係していなかった。

 言うならば欲望だけがあった。


 面倒くさいが口癖なくせに面倒見が良くて、どんな時も真っ先に駆けつけて守ってくれる。その強さ。

 いつもそっけないくせに、ときどきバカみたいに優しいことを言う。


 ――選ばなければ良いだろう


 本当は誰も選びたくないと言ったとき、「姫にはお役目が」なんて真面目くさって諭すことなどせずに、望む言葉をくれた。

 あのとき、もうすでに、セリスの中で何かが目覚めてしまっていたのかもしれない。


(選びたくなかったわけでは、ないの。本当はもう、選びたいひとがいたの。でもそのひとを選んだとき、どんな結果になるかが怖くて、想像もつかなかったから、選びたくないと思っていた……)


 ――「幸福の姫君」である君の前には、今日から引きもきらず求婚者が群れをなすだろう。中には力ずくで手に入れようとする輩もいるかもしれない


 はじめて会ったとき、ゼファードはおどけてそう言った。君は男たちに望まれる存在なのだ、と。

 けれど、セリスはもう気づいてしまっている。


 誰も彼もが「幸福の姫君」に選ばれて王になることを、望んでいるわけではない、ということに。

 すでに愛する者がいれば、女性としてのセリスを省みることはないだろう。

 さほどの野心もなければ、あえて覇道を進みたいとも思わないかもしれない。


 そも、予言がなければセリスは、ただの幼い娘でしかなかった。魅力があるとは、到底思えなかった。端的に、「自分が誰かから選ばれる」自信なんかひとかけらもない。

 誰か――セリスが「選ばれたい」と思い描く相手は、ただひとり。

 ラムウィンドス。


(わたしは、ラムウィンドスに、大切な誰かがいるかどうかは知らない。考えたくもない)


 はじめて目にした相手が、ラムウィンドスだった。

 不安なときに横にいてくれたのがラムウィンドスだった。身を守る方法を教えてくれたのもラムウィンドスで、アルザイの襲撃のときも駆けつけてくれた。

 森の中で二人きりになり、普段見せないような笑顔を見せられたときには、息が止まるかと思った。

 はじめから答えは出ていたようなもので、自分はずっとラムウィンドスしか見ていなかった。


(わたしがあのひとに、選ばれるとは思えなかったから。それに、もしわたしのこの「選択」をあのひとに受け入れられたとして、わたしは耐えられない。「幸福の姫君」だから伴侶となることを了承するのではなく。「セリス」だから選んでほしい。「セリス」だけを見て欲しい)


 (イクストゥーラ)が見ていた。

 イクストゥーラのまなざしが、銀の髪に注がれている。自らの欲望に屈して懊悩する月の娘を、じっと見ている。

 できることなら逃れたかった。

 同時に、(イクストゥーラ)に知ってほしかった。


 月の娘(セリス)が「幸福の姫君」としての道を外れていく様を。

 アスランディアとの愛をなんの疑問もなく育んだイクストゥーラに、知って欲しかった。

 それはただの嫉妬で、あさましい感情だったが、紛れもなくいまのセリスを翻弄しているものだった。

 苦しさに脂汗まで滲んできたが、もはやセリスはその感情から逃れようとは思わなかった。


(これも()。あのひとを愛して、愛されたいと願う、自分勝手でわがままなだけの)


 そのまま息苦しさに耐えていたときに、不意に乾いた音が耳を打った。

 何かわからぬまま、身を引いた。バルコニーのぎりぎり隅まで。勢いが付きすぎて、手すりに背を乗せるような格好になった。落ちる、と覚悟する。


「危ない」


 (そら)から軽やかにその場に降り立ったラムウィンドスが、セリスの腕をひいた。


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✼2024.9.13発売✼
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