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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第二部】 砂漠からの風
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恋路を邪魔する者は(3)

 アルザイの見開かれた黒瞳には、いっとき茫漠とした得体の知れない感情が広がる。暗闇のように。

 その様をセリスは沈着として見据える。

 どんな変化も見逃すまいというように。

 ほんの瞬きほどの間に、アルザイの顔にはにやにや笑いが戻っていて、セリスは少なからず落ち込んだ。


(一本とったかもしれないと感じましたが、思い込みですか)


 アルザイはセリスのもとに大股で歩み寄ると、すぐそばで片膝を突いた。その位置からセリスを見上げ、これまで聞いたこともないような低く甘い声で言った。


「『幸福の姫君』に伴侶として選ばれるというのは、二人が愛し合って結ばれるという意味であると俺は思う。その前提で俺の考えを言う。姫が俺の手をとった暁には、姫の望みは俺の望みとなる。俺は姫の望みのすべてをかなえるためにこの身を捧げるだろう。そこで姫に問いたい。姫は、世界がどうなれば『今より良くなった』と考える?」


 質問に質問で返された、そう気づくまでに少しの時間を要した。


「……戦争がなく、人が人と憎みあうことがない世界であれば」


 見上げていたアルザイの笑みが深まった。


「それが姫の望みか。なるほど、まっすぐだ。覇王の伴侶にふさわしい」

「覇王?」

「男は姫の望みを叶えるために覇王になろうとするんだろう。戦争がなくなるには、結局誰かがすべてを力で制するのが手っ取り早い。かつて()()()『幸福の姫君』は、そうさせた」


 アルザイが立ち上がる。

 初めて見たときの印象がよみがえる。ひどく大きい。立ちふさがる壁のように。

 目の前をふさがれて、セリスは息を詰めて見上げた。アルザイはセリスから目を逸らさぬまま、背後のラムウィンドスに声をかけた。


「姫を借りる。陛下もゼファードも姫に対してあまりにも正しい情報を与えなさ過ぎる。俺はそういうのは好きじゃねえ」

「同感だ」


 厳しい顔をしたままラムウィンドスが答えれば、アルザイは笑みを深めて言った。


「ついてきな、セリス。本当の『幸福の姫君』について教えてやる」


 * * *


 ゼファードはこの日一度、セリスの部屋を訪れていた。


 視界に入った光景と言えば、避難している女官たち、その向こうに切り結ぶ総司令官と客人。さらにその奥に、陽射しを浴びて優雅にお茶のカップを軽く傾ける姫の姿。

 まぶしそうに見つめて、小さく頷いた。


「……うん。姫は順調に王宮の風景に溶け込んでいる」


 様々なものを見てみぬふりをした呟き。

 何かおかしなことがあっても、アルザイが帰れば丸くおさまる。ゼファードはそう信じることにしていた。

 たとえばこの光景からアルザイが消えれば、姫とラムウィンドスが残るだろう。

 そこには、自分の落ち着ける居場所もあるはず。


 ゼファードは逡巡して、結局踵を返した。

 女官の一人に、「また来ると伝えておいてくれ」と言い残して部屋を後にする。


(伴侶がいてはじめて意味を成すとされる「幸福の姫君」は、いずれ誰かの手をとり、あの部屋を出ていく)


 そのときも、ラムウィンドスは残る。

 セリスが去っても、また元の生活に戻るだけ。


 胸に漂う不安を吐き出すように、ゼファードはため息をつく。

 顔をまっすぐに上げ、足早に姫の部屋から遠ざかった。



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