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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第二部】 砂漠からの風
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彼の緑の髪

 他に誰かが加わることもなく、一行は出発した。


 アルザイが陽気に話し、ゼファードが茶々を入れながらセリスや、ときにマイヤにも水を向ける。気安い空気で、セリスも積極的に話した。


「お外で見ると、兄様の髪は、本当にお綺麗ですね。まるで森の妖精みたい」


 セリスが心から思ったことを告げると、なぜかアルザイが噴き出した。

 ラムウィンドスだけ、口数少ない。人員的な関係もあり、護衛に徹している節があった。

 風がそよそよと吹いており、道はなだらかな傾斜があるが歩きにくいというほどではない。いくらか進むと幅がやや狭くなり、森へと踏み込むことになった。


「そういやラムウィンドスはいくつになったんだ。若過ぎお飾り総司令官も少しは年食ったよな」


 我が物顔で先頭を進んでいたアルザイが、ひょいっと肩越しに振り返る。


「身長同様、年齢も殿下を追い越してはいない」

「お? そういえばお前、またデカくなったか?」


 殿(しんがり)をつとめていたラムウィンドスのもとまで、一足で寄ると、肩を並べようとする。鬱陶しそうにラムウィンドスが肩を手で軽く押しのけた。


「殿下、いちいち言動が親戚のオッサンですよ」


 呆れた様子のゼファードに、アルザイは悪びれなくにやにやと言う。


「慣れ合いたくてしかたねーんだよ」


 ラムウィンドスとゼファードが、共に名状し難い苦痛をその顔に浮かべたのを目にし、セリスはアルザイがひどいことを言ったことは理解した。二人にこれだけの顔をさせるというのは、よほどひどいに違いない。


「アルザイ様、ラムウィンドスは『慣れ合い』たくないみたいです」

「姫は素直だな。ありがとう、実は俺もそれは気付いているんだ」

「では、どうして言ったのですか」


 セリスの疑問に対し、アルザイは居住まいを正した。


「言いたかったから」


 アルザイという男、恵まれた体躯と抗い難いほど人をひきつける瞳を持ち、ニヤニヤ笑いを封印してしまえばその威風堂々とした佇まいには、図抜けた威厳が満ち満ちている。セリスはセリスなりにそれを肌身に感じた。居直られただけで、威嚇された気がした。とはいえ、それはそれ、これはこれ。


「言わない方が良かったと思います。兄さまもラムウィンドスもすごい顔でした」

「ド天然かよ。俺にそれを真っ向から言う『幸福の姫君』ってのは、伊達じゃねえな」


 感嘆したようにアルザイが呟く。

 ラムウィンドスが動いた。アルザイはかわさずに、むしろ導くように胸をそらし、掴みかかってくるラムウィンドスを受け入れる。


「そこまでだ。姫に対して、それ以上の侮辱は許さない」

「うん。殴ってみるか?」


 まったく動じた様子のない、冷静そのものの声音。怒りを受け止めた黒瞳は凪いで仄暗い。

 噛み締め過ぎた奥歯が鳴って、ラムウィンドスは忌々しそうにアルザイから手を離した。

 風がさわさわと、糸杉の木立を揺らした。

 ゼファードは微かな嘆息とともに、命じる。


「少し頭冷やして来い。国際問題になりかけたぞ」


 返事もなく、ラムウィンドスは背を向けるといきなり草を踏みしめ、木立の間へと消えていった。


「ラムウィンドス……?」


 止める間もなかった。セリスは呆然と見送ってから、慌ててゼファードを見る。


「行ってしまいました!」

「私がそう命じたからね」


 言われている言葉はわかる。

 だが、セリスは焦っていて、ろくな返事ができなかった。

 その焦りのままに訴えた。


「離れるとダメなんです。だってラムウィンドスがいないと、わたしに何か起きたら大変でしょう? だから、一緒にいなきゃダメなんです」


 自分が何を口走っているのかよくわからない。

 案の定、ゼファードが奇妙なものを見るような表情をした。

 うまく言えないことはもどかしかったが、それ以上の言い訳をしている時間はなかった。

 考えるより先に身体が動く。

 ラムウィンドスを、追わなければ。


「セリス!」


 背後でゼファードが名を呼ぶ。セリスは振り返って「大丈夫です」と叫ぶのが精一杯で、もはや足を止めることはできなかった。


「姫様!」


 追おうとしたマイヤに、「必要ない」とゼファードが制止し、そのまま苦笑を浮かべて言った。


「一人で帰して悪いが、先に王宮に戻っていてくれ。姫のことは心配しないように」


 後ろ髪ひかれているのは明白ながら、逆らうこともできずにマイヤはお辞儀をしてその場を去った。

 ゼファードとともにその背を見送ったアルザイが、手持無沙汰な様子でそばの幹に手をかける。


「……おい。このお茶会は、俺と姫のためのものじゃなかったのか」

「そのつもりだったんだけど。どうしたものだろうねえ」


 ゼファードは懐から扇を取り出した。

 ほとんど上の空というのが明らかな表情のまま、扇で首筋を扇ぐ。

 アルザイはひょいっと眉を持ち上げて言った。


「まさかあの二人、もうデキてるとかじゃねえだろうな」

「それはない」


 即答。

 言い切られたアルザイは、骨ばった指で髪を梳きつつ、頷く。


「まぁな。あの姫さん、そりゃ見事な月の娘だもんな。ラムウィンドスが手を出すわけはないよな……」

「その通りだよ」


 探るような言葉を、ゼファードは毅然とした態度で切り捨てる。形ばかりの敬語すら忘れたようにきつい調子で。

 アルザイは手を伸ばして、頭上に伸びた木の枝を、力を込めてぱきりと折った。


「お前、あいついるか? ラムウィンドスを、そろそろうちにくれないか」


 ゼファードは緑の瞳でひた、とアルザイを見据えた。


「その冗談、面白くはありませんね」


 手折った枝に顔を近づけ、緑の葉の匂いをかいで、アルザイは悠々とした調子で口を開く。


「本気だ。最近西も色々あってな。本格的にことを構える前に、あいつをうちの軍団長に欲しい。実は今回はそれを言いに来た。『幸福の姫君』は口実だ」


 扇で口元を隠したゼファードは、緑の瞳に激しい怒りを迸らせてアルザイを睨みつけた。


「本気ですか、アルザイ様」

「俺は結構あいつのことを買ってるんでね。『幸福の姫君』より、ずっと」


 ぱちりと扇を閉じて、ゼファードは目を伏せる。そして言った。


「王太子の地位すら危ぶまれている私が、なぜ十年も前から王家の証である銀の髪をこの色に染めているのか、知らないわけではないでしょう。あいつが銀の色を嫌っている、理由はそれだけですよ。本気であいつが欲しいなら、殿下も同じだけの犠牲を払ってみればいいのです」


 アルザイは答えず、緑の髪の青年から目を逸らして、ラムウィンドスの消えた方を向いた。

 いまは誰もいない。

 その瞳には、ただむせ返るような緑の木立が映りこんでいた。


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✼2024.9.13発売✼
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