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その判断が生死を分ける

 エルドゥスの姿が見えなくなった瞬間、セリスの中で、すっと肚が決まった。

 砂埃舞う風に目を瞬きながら、男の肩に手で力を込めて押し返し、まっすぐに立つ。


「逃げない。歩けます。話があるなら聞きます」


 セリスの力などなにほどでもないはずだが、男も思うところはあるのか、肩をひいた。ただし、セリスの手首を掴んだままで、正面から向き合う形になる。

 視線がぶつかった。ひよるものかと、セリスは目つきも鋭くそのまなざしに応える。

 男は面白そうに目を輝かせ、セリスを見返してきた。


(落ち着こう。そばに誰もいないなら、いないなりの立ち回りを。誰かに助けてもらおうなんて考え、とっくに捨てたはずなのに)


 甘えた人間がひとりでもいれば、即座に全滅の危機に陥る砂漠の旅の途上なのだ。

 判断を間違えれば、そこが生死の境目となる。

 そうと知っていたはずなのに。

 旅に出るにあたり、ナサニエルが標的になると請け合ったことで、自分は安全だと過信していたのを思い知る。愚か者、だ。

 つばを飲み込んだところで、男が口火を切った。


「見ない顔だ。そりゃここを訪れる旅人なんていくらでもいるが、気になる相手を見つけた場合、俺は見逃さないようにしている。勘だがな。当たる」

「私の何が気になりましたか?」

「そうさなぁ……」


 かわすように男はそう答えて笑い、付き従っていた少年に対して「先行って準備だけしていろ」と命令をした。少年が口答えもなくさっと走り出した瞬間、セリスは強く腕を引かれて、そばの日干しレンガの建物の中に引きずり込まれた。

 薄暗く、急激な明度の変化に、闇が目にしみる。目を瞑るものかという意地だけで大きく開きつつ痛みに耐えながら、セリスはすばやく男の前へと一歩踏み込んで、尋ねた。


「頭目と呼ばれていました。あなたがこの辺一帯を束ねている方ですね」

「バルディヤだ。小僧……、いや、違うな。お前は、匂いが違う」


(勘、と言った。常勝の切れ者であれば、そういった感覚にも優れているんだろう。アルザイ様も、あのひとも……、私には見えないものを見ていた。このひとには、何が見えているんだろう)


「私の何かが気になったとして、どういった会話を望んでいますか? あなたの望む情報を私が持っていた場合、あなたは私に何を提供できますか」

「大きな口をきく。自分を対等以上の何かだと思っているようだが、どこぞの王族か何かか?」


 これはまだ、確信ではなく、探り。セリスはそう判断し、軽々しく答えるのを保留にして押し黙った。バルディヤと名乗った男は、その沈黙を気にしたそぶりもなく、腕を組んで「さて」とセリスの目をじっと見つめてくる。

 そして、前触れ無く言った。


「銀の髪」


 平静を装うべきだったのに。

 セリスは頭髪を覆う布に手をかけた。迂闊なその動きが、たとえその後どんな言い訳をしようとも、すべてを台無しにする。

 くっくっく、と喉の奥で響くバルディヤの笑い声を耳にし、セリスは口を閉ざした。


「ほんの一筋、見えた気がした。それだけだ。このところ、(イクストゥーラ)の名は何かと耳にする。何やら、動乱の世に華を添える姫君がかの国にいるともな。幸福の姫君と言ったか。男に栄誉を約束する……」


 セリスの反応を面白がるように、バルディヤは陽気な口ぶりで言う。


(どうする……。どうせ布をとられてしまえば、銀の髪は隠しておけるものではない。だけど……目的もわからぬうちから認めてしまっては。いや)


 月の姫を前にしたとき「男が何を求めるか」など、考えるまでもない。セリスはそのとき、相手が敵か味方かと吟味したり、忖度をしたりはしない。

 敵であろうと、味方であろうと、セリスにとってそこは、絶対に譲れない一線だ。

 たとえ「幸福の姫君」が相手の「求め」に応じれば敵ですら味方になり、戦況がひっくり返るという局面でも、決して。

 姫はすでに、伴侶たる相手を選んでいる。


「あなたは、栄誉を求めているのか。あなたの求める栄誉とは何か。頭目と呼ばれ、すでに地位のあるあなたがさらに求めるのは……、砂漠と草原の覇権ですか」


 踏み込め。逃げるな。


「そうだと言ったらどうする。お前は笑うのか? 俺にはそんなことはできやしない、と」


 嘲笑われても、目を逸らすな。


「私はあなたを知りません。あなたの実力のほども知らない。今の段階でそんなことは言いません。ですが、たとえいま草原(アルファティーマ)に勝ち目が見えているのだとしても、砂漠まで相手にする気ですか。砂漠には黒鷲がいますよ」


 ふん、とバルディヤは鼻を鳴らした。歪んだ笑みを浮かべてセリスを見る。


「その名を出せば俺が怯えるとでも? 黒鷲の大敗はすでに隊商路に伝播している。その威信は大いに揺らいでいるさ。お前はそうではないらしいが、教えてやろう。時代は動いている。英雄を求めて」


 時代の求める英雄は。

 脳裏によぎるは、白金色の青年の姿。セリスは唇をかみしめて男の煽りをやり過ごそうとする。

 一触即発、ここで「あなたではない」などと言おうものなら、この会話はそこで決裂するだろう。

 バルディヤは笑っている。


「さて。お前は自分が何者かは明かすつもりは無いらしいが、ならば力づくで調べさせてもらおう。まさかそのナリで俺にかなうとは思っていないだろうが、抵抗したいならしても良いぞ」


 余裕たっぷりにそう言って、笑み崩れた。

 嫌がる女に、無理やり言うことを聞かせるのは得意なんだ、と嘯きながら。

★2023年もよろしくお願いします!

 (๑•̀ㅂ•́)و✧

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