砂漠の黒鷲(2)
セリスは手に持っていた剣を構えた。逆さ手に持ち、自らの首筋に向けて。
そこに、アーネストが走り込んできた。
「おや、姫君がもう一人」
にやにやと笑みを浮かべたまま、男がアーネストの麗姿をからかう。
「オッサン、寝ぼけとるんか。ずいぶん気持ちよさそうに寝てる者もおるけど、お前ら全員寝不足やったんか? そんなに王宮の廊下は寝心地が良いんかの」
連戦したのか肩で息をしていたアーネストだが、数度の呼吸で整えると、すぐさま男に対して強烈な煽りを口にする。
廊下にはイクストゥーラ兵の他に、黒衣の男たちも折り重なるように倒れていた。まだ数人が剣を合わせているが、増援も駆けつければ勝敗は明らかといった戦況だった。
「これでも、精鋭揃えてきたんだけどな」
辺りを睥睨した男が、つまらなそうに呟く。そして、聞えよがしに「やれやれだぜ」と溜め息をついて大げさに掌で顔を覆い、その直後には短剣を構えていた。
その動作の移り変わりは、セリスの目では追えない速さだった。
アーネストもまた、先ほどまで軽口を叩いていたのが嘘のように、全身から殺気を漂わせていた。
セリスは、ただただ呆然としていた。黒衣の男も恐ろしいが、アーネストもまた底が知れない。
怯えきった気配でも感じたのか、ふっと緊張をといたアーネストが肩越しに振り返る。いつもと変わらぬ春の陽だまりのような笑みを浮かべて口を開いた。
「姫さま、怖がらんでええよ。あんな見掛け倒し、すぐにしばいたるわ」
「しばいたる……?」
アーネストの表情にはいささかの陰りもない。
あれ、今なんて言ったの? 聞き間違いかな? とセリスは思った。アーネストの発言が、言葉として理解できなかった。
(しばいたるって、何? 物騒な感じ? わからないけど、笑ってるうちは、怖くない……かな?
せめて笑顔には笑顔でこたえなければと思い、無理矢理顔の固まった筋肉を動かし、微笑を作り上げて頷いてみせた。
アーネストは目を細めて、セリスが自分の首にあてていた剣の刃先を指でつまんで、肌から遠ざけた。そして、黒衣の男へと向く角度で止める。
「姫さま、剣はなあ、最後の瞬間まで敵に向けておくんや。約束やで。アホなことせんでな。もう、あらかたのしてまったけど。カンニン、姫さまの分とっておくの忘れとった」
「それは、ありがとうございます!」
わたしの分を残して頂いてもたぶん何もできなかったと思いますし!? との言葉を呑み込んで、セリスはひとまずお礼を言った。セリスにできるのは、せいぜい「幸福の姫君」である自分の命を交渉材料にすることくらいで……。
「遠慮してたら強くなれへんで」
親切にも会話が終わるのを待っていてくれた黒衣の男が口を開く。
「話はすんだかい、かわいいお嬢ちゃんたち」
アーネストは構えた剣をカチリと鳴らして返事としたらしかった。
比較的近いところで、ドゴォと重量感あるものが激しく叩き付けられる音がした。
ハッとセリスが振り返ると、黒衣の男が床に転がり込んできて、その体を乗り越えるようにして白金色の髪をなびかせたラムウィンドスが進み出てきた。
「そこまでだ。アーネスト、横取りして悪いが、あのオッサンは俺の獲物なんだ」