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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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屋根も扉も無い檻(後編)

「さて。姫が俺に贈る言葉は、『また会えるといいですね』ですか」


(怒っている。嫌だなぁ、これは絶対怒っているときのラムウィンドスです。それがだめなら、他になんと言えばあなたは満足なのですか)


 セリスは目の前の人を見上げたまま唾を飲み込む。喉が干上がっていた。

 絶対また会いましょうなんて、言えない。ならばなぜ、いま別れを選択しているのだという話になる。

 どうしてもまた会いたいのなら、離れなければいいだけなのだ。別れる以上は二度と会えない恐れだって十分にある。

 そんなときに、言う言葉など。

 ぐるぐるとひとりで考え抜いて、セリスはため息をついた。


「……ラムウィンドスから、どうぞ……」


 いつもの無表情で、しげしげと全身を検分するように眺められて、セリスは堪らずに言った。

 ラムウィンドスは軽く頷いて、答える。


「そうですね。ここに居合わせている人間が全員少しの間目も耳もどこかへ捨ててくれるなら、あなたに対して俺がいましたいことをして、言いたいことを言うのですが」

「怖い想定しないでくださいっ。ふ、普通の、ごく一般的な別れの言葉をお願いしますっ」

「『また会えるといいですね』は、ごく普通の別れの言葉なんですか」

「怒るのやめてください!!」


 本気で訴えかける。

 さすがに伝わったらしく、ラムウィンドスは瞑目して深く吐息した。

 吐き出しきってから、目を開けた。


「あなたを監禁したいです」

「ああ……言わせるべきではなかった」


 理解した。少し遅かった。


「地下に頑丈な牢を作って閉じ込め、足には重しをつけて身動きとれない状態にしてしまいたい」

「ラムウィンドス、それなりの権力者なんですから、実現可能な範囲で妄想するのはやめてください。その気になればできるじゃないですか」

「できますね。今ここにいいる、腕に覚えのある者を全員斬り捨てて、あてもなく夜の砂漠にあなたと二人で馬を走らせて逃げることだって、できないわけじゃない」


 全員? 全員は無理だろ、とエルドゥスが斬られまいとするかのように周囲に小声で呼びかけたが、ラスカリスに肘打ちをされ、アーネストには溜息をつかれていた。


「自分がやろうと思えば実現できることと、あなたに対してしたいことを、俺はいま全部諦めようとしているところです」

「賢明です」

「ありがとうございます。これで、あなたに嫌われたくなくて必死なんです」


 (つたな)い、子どものような言葉で返されて、セリスは怯んだ。

 ラムウィンドスは滲むような微笑みを浮かべて目を細めた。


「お身体にはよくお気をつけて。砂漠の旅は、慣れた者にも決して簡単なものではありません。朝起きるときは、瞼に積もった砂を払ってから目を開けてくださいね」

「それはまだ覚えていますよ。最初のうちは気付かなくて、夜の間に瞼に積もった砂が目に入ってしまって、痛くて……」


 こんなことを話していていいんだろうか。他愛もない。


(だけど、わかる。こんな風にあなたと話してみたかった。なんでもない、当たり前に今日の先に明日があると思える日常の会話を。手を伸ばせばあなたに触れることができて、笑ったり、拗ねたり、いろんな表情を浴びるほどに眺めることができて)


 そばにいたい。

 もっと声を聞きたい。

 離れ離れは嫌。


「ようやく、素直な顔になりました。俺の片思いかと、身を引く算段が必要かと思い始めていましたよ」


 声が優しい。


(むり。こんなの、耐えられない)


「ラムウィンドス……っ」


 名を呼んだ瞬間、力強く抱きしめられた。手加減はなく、固い胸と腕の中に閉じ込められる。


「生涯、あなたただ一人だけです。俺の身に宿る幸運も加護も、すべてあなたに捧げる。根こそぎ持って行ってください。あなたが健やかで幸せに生き続ける以上に望むことなんかありません」

「わ、わたしは追い剥ぎではないですし、幸せに生きるにはあなたが必要……」


 最後まで言えないまま、唇を奪われる。


 ――セリス、どこにも行かせない。こうして、このまま永遠に腕に閉じ込めておきたい


 昨夜。

 たった一晩限りの恋人に、叶うことがないと知りながら血を吐くほどに切なく言い続けていた彼の声が耳に甦る。

 その言葉に、堕ちてみたかった。


「風のように」


 唇を離したラムウィンドスが、囁いた。


「どこにいても、あなたの元へ、駆けます。次は絶対に離しません。小さな宮殿に閉じ込めて、俺の腕とあなたの腕を鉄の鎖で繋いで。息絶える日まで二人きりで生きたい」


 黙らせる為に、今一度、セリスはその唇に唇を重ねて目を閉じた。

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