表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
240/266

月を呼んだ日(5)――神話の時代の最後の王

「飲むか?」


 ものすごく良い笑顔できいてきたエルドゥスの空気破壊力は、特殊技能認定していいと思う。


「お前、目が節穴って言われとるやろ」


 盃を差し出しながら言うと、素焼きの瓶を傾けながら、エルドゥスがにこりと笑みを深めた。


「草原の人間の目の良さ舐めるなよ」

「視力と注意力は違うっていうあれやな。見えているものを危険と認識するのは視力とは違う資質や」

「まだ本領を発揮する機会が無いだけで、俺の戦場の勘は冴えてるぞ」

「機会が無いわけないで。あの夜にありったけ使ってていいはずや。何してたん」


 つまらぬ会話に興じてしまった、とアーネストは葡萄酒の注がれた盃を傾け、飲み干す。

 酩酊を誘うほど強くなく、けれどやり過ごせない程度に血が熱くなるのを感じる。

 そして、目の前の二人を見た。

 出し抜けに、ラムウィンドスが言った。


「ゼファードを見捨てることはできない。俺が太陽で、あいつが月である限り」


 お前の月は。

 言いたい言葉が出てこなかったのは、ラムウィンドスの目に嘘が無いせいだ。表情にも、一片の曇りもない。本気で言っている。

 眩暈がする。酒のせいじゃない。

 アーネストの動揺を見透かしたように、ラムウィンドスが小さく笑った。


「黒鷲が砂漠で草原を引きつけるらしい。壁があるとはいえ、厳しい防衛戦になるだろう」

「オアシス諸都市を動員しようにも、この男が太陽の名にかけて兵を集めて月へ向かうという。いつかやると思っていたがな」


 なんでもないことのように言って、アルザイは盃をあおった。

 話の内容を掴みかねて、言葉もないアーネストの横で、エスファンドが深く息を吐いた。


「戦争は嫌いだ。しかもこの君主は、またも戦場をここに定めるらしい。どうかしている」


 君主を目の前にどうかしていると言う御用学者もどうかと思うのだが、さすがに相手が相手だけにアーネストからはうまく指摘できない。

 しかし、ラムウィンドスにはどうしても言わねばならなかった。


太陽(アスランディア)は滅びとる……。その名のもとに兵を集めるだなんて、うまくいくはずが」


(滅びた国の王の名で呼びかけて、誰が応えるいうんや。無謀やで)


 その問いに答えたのは、陰気な顔で酒に口を付けていたエスファンドであった。

 アーネストと目が合うと、強い光を宿した目で見つめ返してきた。

 不意に。

 冥々たる空気を打ち砕くように、手にしていた盃を握りしめて告げる。


「これより先の時代では無理だろう。今この時、ラムウィンドスだけができることだ。だから、ラムウィンドスが行く。神話の時代の最後の王として、草原の覇者を迎え撃つために」

「最後の……」


 力強さとともに、不吉さを漂わせたそれは。

 まるで行きて帰りぬ旅路を暗示するかのように。

 アーネストを見つめたまま、エスファンドは唇に笑みを浮かべた。


「さてここに集ったこの顔ぶれは、どういうことかな。何を意味しているのだろう」


 エスファンドは視線を巡らせて、アルザイを見る。憮然として顔を背けられ、ラムウィンドスを見る。目は逸らさない。根負けしたようにエスファンドが微笑んでみせていた。


「遥か彼方のカルナインの都に、不滅の学問的成果をあげる学園(ムーセイオン)がある。その現実的な数学研究の成果としての『大灯台』は、海を照らす道標……。暗きを照らす光は偉大だ」


 窓の外の陽が落ちようとしている。

 誰も近づけぬよう厳命を下していたが、エルドゥスが戸口から出て、火を受け取ってきた。

 そのまま、いくつかの燭台に燈していく。

 盃で唇を潤してから、エスファンドは再び口を開く。


「光よりも、遥かに優れているものがこの地上にはある。それが『知恵』だ。知恵はその純粋さにおいてすべてを貫く。昼の後に夜が来るように、光の後には闇がある。決して切り離せない。しかし知恵はすべてに打ち勝つ。この世のすべてを照らし、どんな悪にも負けることはない。私たちはすでにそのことに気付いている。ここより世界は新しい時代を迎える。その手始めとして」


 一度目を閉じ、ゆっくりと呼吸をして、エスファンドは目を開けた。


「今はまだ世界は夜の中。草原も砂漠も呼ばわるは月。私たちの持つ『暦』は月の満ち欠けに従う。それゆえに、ひとは太陽よりも月を信奉する。しかし、この暦はある意味では不完全だ。月の満ち欠けに従ううちに、同じ月の名で同じ季節を表すことができない。これがねえ、どうも『農書』を作る上で不便で……いや、なんでもない。そういうわけで、私達はより使い勝手の良い『暦』を必要としている。この新しい『暦』は月ではなく太陽を見る。ラムウィンドスは、月への憧憬を捨てきれぬ砂漠の民を率いて(イクストゥーラ)を救い、太陽の『(カレンダエ)』を持って新たな時代を始めるんだ」


 滔々と淀みなく話すのをただただ聞いていたアーネストは、言い終えたエスファンドをしばらくじっと見つめた。

 そして、ようやく「えっ」と口に出して言った。


「なんやそれ、(イクストゥーラ)を乗っ取る話をしとるんちゃうの!?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ