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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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天何ゆえに我らを砕く(後編)

「少し身体を動かしたい。俺の相手をつとめるのは、あの月の男アーネストだ。もしおかしな動きがあれば、俺もあいつも殺して構わない。おかしな動きなどするつもりはないし、あいつにもさせないが。座って休んでいてくれ」


 実に友好的に笑ってそう言い、監視を遠ざけたエルドゥス。

 砂漠の陽の下、アーネストは剣を抜いて向かい合う。

 草原の王子。皇帝の腹心である宰相「帝国の炎(イグニス)」がわざわざ探し、迎えにきた要人。その顔立ちは、純粋な草原の民とは違う。紛れもなく西方の血が出ている。おそらく故国にあっては、異端。


(王子に何ができる? どれほどの強さが)


 勝気そうに炯々と輝く黒瞳。

 アーネストをまっすぐに見つめ、よく通る声で告げた。


「草原にあって君主の責務とは、死にかけている民に食べ物を与え、裸の者に着るものを与え、貧しい民には富をもたらすことだ」


 より良く生きる為に略奪も辞さぬ民の掟は、貧しく飢えた過去のある者の悲願。

 エルドゥスは剣を天に捧げ、宣言する。


「我ら戦いと共にある民。この血塗られた剣は」


 声に出さず、唇だけが誰かの名を呼んだ。

 灼熱の陽を浴びたその身体から、陽炎のようなものが立ち上る。ゆらめくは、蒼い、炎。

 エルドゥスが動いた。


 稲妻のような鋭さで。


 金属が激しくぶつかり合い、がっちりと競り合って擦れる音が響き渡る。

 打ち付けられた力を受け止めながら、アーネストはエルドゥスが混じりけなしの本気であると悟った。

 監視の目を逸らす為の模擬戦ではない。

 全力でぶつかってきている。


 アーネストの剣はかつて共に研鑽した男と同じ流れを汲む。力よりは速さ。身のこなしと洞察、判断力で躱し、斬りつけていく。対複数であれば。

 一対一であれば、普段は採らない戦法のいくつかも選択肢に加わる。

 力でぶつかってくる相手には、力で応じることもある。速さを身上としているとはいえ、膂力は並み居る兵に決してひけはとらない。


 刃越しに視線を交わし、同時に身を引いた。そうと見せかけて二人ともすぐに二合目を打ち合わせる。

 ガツンと刃こぼれするほどの衝撃を響かせ、睨み合う。


「草原へ」


 ごく短く、囁く。

 剣舞には程遠い、重くぶつかり合う刃越しに、エルドゥスが言った。


「姫と」


 アーネストは軽く目を瞠って、剣をひいた。

 姫君をさらって逃げろと唆すこの少年は、その行先までも指し示そうとしている。

 動乱の国へ。

 アーネストの思いをねじ伏せるように、素早く言った。


「俺も行く」


 暗黒の瞳をのぞきこんだ瞬間、アーネストは言い知れぬものを感じた。

 黒鷲と太陽の遺児が争奪を表明した、覇王の伴侶たる「幸福の姫君」。

 故国を追われ、帝国にて再起を図ろうと言うこの少年もまた、その威光を利用しようと企てているというのか。

 あの二人のどちらにも「姫に選ばれる」意味では勝てるわけがないと、エルドゥスの頭でもわかるはずなのに。

 ぶつかりあった剣から伝わる純粋で強大な力が、それをぐらつかせる。

 強い。

 今見せている以上に、彼はずっと強い。


 後の世の歴史書は彼をどのように伝えるのだろう。彼だけではなく、この時代に砂漠を統べるアルザイを、滅びの国から生き延びてきたラムウィンドスを。月の国の最後の王となるやもしれぬゼファードを。同じく、風前の灯火である帝国を率いる少女皇帝を。

 滅びに囚われる古き国々を駆逐するは風は、草原から吹く。


 推し量るまなざしのアーネストに、エルドゥスは実に何気なく笑って囁いた。


「俺を信じろ。共に行こう」

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✼2024.9.13発売✼
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