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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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未完成の愛(後編)

(飽きた)


 アーネストのふて寝は昼過ぎに限界を迎えた。

 もともと、二日酔いというほど体調を崩していたわけでもない。とすれば、ダラダラしていられる性分でもなく、少し身体を動かそうという気にもなってしまう。

 部屋にいると、女官がうるさいという問題もあった。

 とかく、噂話を聞きつけた女官が理由をつけて顔を見にくるのである。面倒くさくて寝たフリをしていたら襲われかけて、さすがに限界を迎えた。


 身支度を整えて王宮内を歩き始めてすぐに、空気がおかしいことに気づく。それまでも騒乱の名残で落ち着かなさはあったが、何か別種のざわめきが紛れているように感じる。


(この空気はあかん。姫様はどこや)


 側にいないと、と習性のように探索行動に移りかけて、そんな自分にまたもや落ち込んだ。

 昨日の今日で、万が一にもラムウィンドスがセリスを無碍に放置するなど考えられない。

 さすがに昼過ぎまで添い寝もないだろうが、身体に無理をかけないよう、周りの者にも言い含めているはず。そういうところは気が回るのだ。

 この段階でアーネストに何の声もかかっていない以上、アーネスト無しでその体制が組まれているのは明白。焦って行っても仕事もなく、疎外感を味わうだけだ。


 いよいよ、身の振りを考える時がきたか、と思った。

 セリスをラムウィンドスが引き受けるのならば、自分はもう用済みだ。ここで探せば仕事はいくらでもあるだろうが、それにどれほどの意味があるというのか。


 故国は、今まさに草原に攻め落とされんとしているらしい。

 セリスの旅に同行することが決まったのは、アーネストには身寄りらしい身寄りもなく、一度出たら帰らなくてもいいだろう、というゼファードの判断があった。マズバルとは言わずとも、安全な場所であればどこへなりとも連れて行ってくれという、いささか投げやりな希望混じりの。


(イクストゥーラ)に帰る必要もなくて、隊商都市(マズバル)に留まる理由もなくしてしまって、これから)


 誰か自分を必要とする人間はいるんだろうか。


 セリスは、意外とひとを頼らない。

 マズバルに来てすぐに一人でどこかに消えたくらいだ。そういう、隙あらば何かしようというところがある。「必要とされている」というのは自分の思い込みで、本当は一人でどこへでも行きたいのではと思ったことも、何度かある。

 もちろん、現実的には目を離した隙に襲われかけたり、サイードという男に悪さされたりと危ない場面はあった。それでも。

 自分は人というよりも一振りの剣として仕えてきたつもりであり、それはつまり交換可能な道具であって、同程度の能力があれば他の誰でもいいのではないかという思いが消えない。

 道具(アーネスト)が、必要とされたい、捨てられたくないなんて思っても、持ち主(セリス)は困惑するだけではないだろうか。


 ――あなたはわたしが命を預ける相手です。そんなの、二人で旅に出たときからとうにわかっていることでしょう。わたしはあなたに甘えているし、縛っているし、こんなことにまで付き合わせている。あなたなしで自分が生きられないことを知っているからです。あとは何が聞きたいんですか? わたしはどれだけあなたに思いを告げればいいんですか? いくらでも言えますけど!?


(嘘とは思わない。でも、もっと違うものが欲しかった)


 どうしようもない焦がれに痛む胸をことさらに無視し、王宮のざわめきが何に起因するのか、探ろうとする。

 誰もが何かひそひそと言っている。婚礼が、という単語を耳が拾って心は拒否反応を示した。

 手回しが良すぎだあの男、と非常に苦々しい気分になる。

 昨日の今日で騒ぎになるとすればそこくらいしかあり得ないと思い込みがあったせいだ。


「起きたのか。具合は大丈夫か」


 知った声が近づいてきて目を向けると、落ち着いた表情のエルドゥスが正面から歩いてきたところだった。

 ラスカリスはお役御免になったのか、マズバルの正規兵二人が後ろについている。


(アルファティーマの王子……)


 敵意も害意もなさそうだが、よく敵の根城でこうもケロッとしていると、その豪胆さに呆れる。

 エルドゥスは、アーネストの訝しむような視線を気した様子もなく正面までくると、ついてこい、というように目配せをしてきた。

 特に目的もなかったアーネストが肩を並べて歩き出すと、「聞いたか?」と前触れなく切り出してくる。


「何も」


 話せ、とのつもりで返せば、エルドゥスは視線をさまよわせて一度唇を引き結んだ。

 それから、アーネストに顔を向けた。


「黒鷲と総司令官殿で月の姫を取り合っているらしいぞ」


 理解が遅れた。

 ややして、重い頭痛を覚えて額を手でおさえ、「なんでや」というもっともな呟きを口からもらす。


 エルドゥスは背後の見張りを警戒しているのだろう、続きは声に出さず、アーネストの手をとると自分の身体で隠して掌に指でさらりと文字を書いた。


 ――姫をさらって逃げる気はあるか?

その1

挿絵(By みてみん)


 レビューから新たにお越しくださった皆様どうもありがとうございます! 



その2


 イラスト提供の汐の音さまの作品「絵一覧」にて本作品の挿絵がまとめてご覧いただけます。

 https://ncode.syosetu.com/n6977fu/

 ××シーン特集を見ると「セリス、しっかりしてください……なんかこうすいません」という気になりますがぜひお立ち寄りください。ご本人作品をはじめとした各種イラストも充実していますので、普段本作で絵を楽しみにされている方はご満足いただけるかと思います!



その3


 18歳以上の方へ

 ムーンライトノベルズにサイドストーリー「風にその名を記されし者」をUPしています。

 本編の隙間をうめるストーリーとなっていますので、よろしければどうぞ。

 作品名or作者名(有沢真尋)で検索お願いします!


 以上

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✼2024.9.13発売✼
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