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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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未完成の愛(前編)

 心。

 それは本来他人から見えも触れもしないはずなのだが、なぜだかあらゆる人間から見透かされたように「傷心」と認識されているアーネストは、本日ふて寝休暇を得ている。


 朝イチ、遠慮のないナサニエルに「何もかも使い物にならない」といきなり断言されたのだ。

 尻馬に乗るのように「……駄目だなぁ」とエルドゥスにも言われ、「どうにもならないだろ」とロスタムにも言われ、「ちょっと寝よう、な?」とラスカリスにソファに押し倒された。


「帝国の軍人はこういうとき、仕事さぼるんかの」


 アーネストとしては二日酔いに言及したつもりだったが、ソファの横に膝をついたラスカリスは、視線を合わせると瞳に深い同情を浮かべて言った。


「いいんだよ」

「なんやの」


 意味がわからなすぎる。

 上半身を起こし、がりがりと髪を指で無造作にかきまぜていたら、ラスカリスは自らの胸に手をあててさらに言い募った。


「見えも触れもしないけど、心というのはたぶんこの辺にあって、傷つけば血を流すんだ。だけど、手当てのしようがない。時がその傷口をふさぎ、癒すのを待つしかない」

(ルバイ)?」


 呆れ切った態度で聞き返したというのに、さかんに頷かれてしまう。


(余計なお世話や、オッサン)


 胸の中で毒づいて、アーネストは暗澹たる溜息をついた。

 オッサンどころか、ラスカリスは実はそれほど年かさではないように見える。ラムウィンドスと変わらないのではないだろうか、と思ったところで胸に穴が開いてアーネストはばたりとソファに倒れこんだ。不用意にラムウィンドスのことなど思い出すから。


「あ、死んだ」「死んだな」


 少年二人の感想を聞きながら寝返りを打って背を向ける。

 気を抜くと、昨夜のセリスの身に起きたことを思い描きそうになる。

 アーネストは、呻きながら頭を抱え込んだ。完全に病んでいる。


(そりゃあの男が、床にかけて手練手管に長けていてもどこで覚えてきたんやって思うけど……。だからってお前、姫さま傷つけたらあかんて……ッ)


 何があっても、誰も部屋に近寄るなと言い置いていたなど。まるで、自分が何をやらかすか事前によくわかっていたかのようで。

 いとけない花を手折るにあたり、無骨そうな印象を裏切らず、容赦なく痛がらせて悲鳴を上げさせながら攻め抜いたのかと思うと。


「悪夢や」


 アーネストはひたすら落ち込んでもごもごと蠢いていた。

 それがあまりに見苦しかったのか、側まで歩いてきたナサニエルに腕を引っ張られた。何か用かと視線を向けた先で、ソファに軽く腰を下ろしたナサニエルに、指の一本一本を撫でながら言われた。


「そうだ。あの男はドヘタだったろうさ。今ならこの綺麗な指で優しくしたら。姫はもしかしたら」


 そう言うナサニエルの手つきが官能を誘うほどに怪しく、アーネストは言葉に詰まる。ナサニエルは、ちらりと眼鏡の奥から視線を流すと、不意に興味を失ったようにアーネストの手を投げ出して立ち上がった。

 背中で銀の髪がはねる。

 思わず目で追いかけたが、ナサニエルがさっと横切った向こう側に、好き勝手に話す少年二人が見えた。


「そうだな。アーネストの方が総司令官殿よりは技巧派に見える。姫もなまじ痛い思いをした後だけに、なびくかも」


 エルドゥスがどうでもいい印象論を口にし、それを受けたロスタムが首をかしげて答えていた。


「ドヘタでもあっちがいい、と言われたらなおさら悲惨じゃないのか」


 手近に何かあったら投げつけてやろうと手をさまよわせていると、ラスカリスに水を満たした杯を渡された。

 砂漠においては貴重な水を、昨日のナサニエルのようにぶちまける気にはなれない。

 結局身体を起こして唇を寄せ、おとなしく飲んでしまう。

 遠巻きに腕を組んで目を向けてきていたナサニエルが、そっけなく言った。


「まあいい、休んでいろ。姫君の様子は私が見て来る。悪いようにはしない」


          



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