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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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引き裂かれた夜の果てに(後編)

 ラムウィンドスが朝になってセリスの部屋を辞してから、入れ替わりに数名の女官が差し向けられた。

 その後に、のんびりと姿を見せたのはエスファンド。

 さして時間をかけることなく部屋を出てきてから、浮かない顔で廊下を歩き始める。


 やがて、石柱に腕を組んで背を預け、白金色の髪に光を受けていたラムウィンドスを見つけると、距離を取って足を止め、物憂げな視線を向けた。


「冴えない顔をしている」


 ラムウィンドスの方から、いつも通りの実直そうな声音で言われて、エスファンドは小さく吐息する。


「そうかもね」 


 やや投げやりに答えてから、目を伏せて、皺の寄った眉間を指で揉んだ。


「……あの人に何か?」


 エスファンドに向けてさりげなく発されたその問いが、実はひどく切実な色を帯びているのを、このラムウィンドスは自分で気付いているのか。

 答えあぐねて、エスファンドは無言を貫いた。


 そこに、足音も高く、黒装束に身を包んだ大柄な男が颯爽と歩いて来た。

 アルザイである。表情は晴れ晴れとしていて、見るからに上機嫌であった。

 気配を感じた時点で、ラムウィンドスはすぐに居住まいを正して正面を向いていた。


「ラムウィンドス、やったらしいな」


 笑いを含んだ声に、ラムウィンドスは目を細めた。全身から緊張が立ち上る。

 それを気にも留めていないように、アルザイはエスファンドに目を向けた。


「姫の様子はどうだ。医者としての見立ては」

「大事ないです。少し寝込むかもしれませんが、もともと砂漠の旅に耐えうる健やかな身体です。直に回復するでしょう。……さすがに孕んでいるかどうかまではわかりませんよ」


 いつも穏やかな彼らしくない、ひどく陰鬱な声だった。

 アルザイはそれで十分とばかりに鷹揚に頷く。

 そして、ゆっくりと首を巡らせた。

 猛禽に例えられる鋭いまなざしが、何かを察して表情を消したラムウィンドスに向けられた。

 目が合った瞬間、にやりと唇に笑みをのせた。


「俺は最初の男かどうかはこだわらないと、以前言った。その考えに変わりはない。セリス(あれ)の初めては、これまでのお前の働きに免じて譲った。俺なりに報いたつもりだ。――セリスは、俺がもらう。これからの局面で、いくらでも使いようがある」


 逆らうのは認めないとばかりに、アルザイは笑みを深めて続けた。


「月の国をサイードに落とさせるわけにはいかない。お前が落としてこい。ゼファードの処遇に関しては一任する。と、言いたいところだが。今俺が月の姫を娶るとなれば、この命令も変更せざるを得ない。……ゼファードを救いに行け。お前が」


 まなざしに猛烈な怒りを宿したラムウィンドスと、それを受けて平然としているアルザイを見てエスファンドは顔を歪めた。


 伴侶を覇王にするという予言をその身に宿した姫君――


 傾きつつある都市マズバルの長として、アルザイが欲するのは、避けられぬ流れ。

 そして彼の姫君は、いままさに腐り落ちて蹴散らされようとしている古き国(イクストゥーラ)の出身。その身を引き受け姻戚関係になるということは、そのまま月の国へいかなる立場を取るか表明することにもなる。


 月の王ゼファードに浅からぬ関係のある太陽の青年(ラムウィンドス)に対し、アルザイが突きつけた要求はあまりにも冷徹な計算に満ちていた。

 セリスをアルザイに譲らないというのであれば、アルザイは(イクストゥーラ)を滅ぼす理由はあれど、救う理由は無い。ラムウィンドスにくだされる命令は「月を落としてこい」となる。

 一方で、セリスをアルザイに委ねるとあらば、アルザイの命令は「月の国をアルファティーマから防衛せよ」となる。


 ラムウィンドスが迫られている判断。

 それ即ち、親友(ゼファード)をその手にかけるか。 

 或いは愛する姫を捧げることで、彼を救いに行く大義名分を得るのか。


「……これだから権力者はいやだね」


 吐き捨てるように、エスファンドは呟いた。

※ラムウィンドスとセリスの一夜に関してはムーンライトノベルズにて公開しています。


→ムーンライトノベルズ(18歳以上)「愛しても愛しても足りない」公開(2022.1.27)

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