嫉妬の口づけは痛みとなって(後編)※
あの日。
セリスがラムウィンドスに、一方的に別れを告げられた月の夜。
(負い目に……)
セリスから「後悔しているのですか」と尋ねても、ラムウィンドスは認めないだろう。
何度あの日に戻れるとしても、決断を変える気はないに違いない。
自らを育んだ月の国を、あのような形で去ることを、ほとんど誰にも何も言わず決めていた。それなのに。
(どうしてあの時、あなたは。わたしに思いを告げて、口づけをしたのですか)
言葉で尋ねることができずに、セリスは空いていた左手を伸ばして、ラムウィンドスの唇に親指で触れる。柔らかい。その唇に胸のうちに秘めた慕情を暴かれてしまったこと、今でも生々しく思い出せる。
あの口づけのせいで、それまで抱いていた淡い思いに、生々しく形を与えられた。
気づかされた。
自分が誰を、選んでしまったのか。もし本当に予言の姫であれば、二度とやり直せない決断をしてしまったこと。
そうと知っていても、止められぬ思いのすべてを、引きずり出された。
セリスの視線の動きや指の感触で、何を思い出しているかはわかるのだろう。
真摯な目をしてラムウィンドスが口を開く。
「あの日、あなたに口づけたのは、俺を見て欲しかったからです。正直に、そう言いました。あの時のあなたは……、手折ってはいけない花だった。それがわかっていたからこそ、誰よりも先に俺という男を刻み込もうとしました。何があっても、どれだけ離れていても、俺を思い出すように。ですが」
セリスの手の下からラムウィンドスの手が不意に持ち上がり、強い力でセリスの背にまわされた。
何を言う間もなく、セリスはラムウィンドスの腕の中に捕らわれていた。
息も止まるほどの抱擁。抱きしめられているのか、しがみつかれているのかわからない烈しさ。
熱い吐息が左側の耳に降りかかった。
「上から塗りつぶした男がいる……。あなたはあの男を忘れられない。あなたが隙を見せた分だけ、あの男はあなたの中に踏み込んだでしょう」
少しだけ、身体が離れた。ラムウィンドスの手が右耳にかかった髪を優しくよける。
「ラムウィンドス。わたしは…………あっ!? ……んんん痛いッ」
否定。
しようとした。
もしその続きが言えたら、ラムウィンドスが言う「あの男」を、きちんと否定したのに。
予期せぬ痛みに貫かれて、声が悲鳴にとってかわる。
それはあまりにも、残酷な一瞬。
右耳が焼かれたように熱く痛い。装身具を身につけるために、そこに傷をつけられた。
「ラムウィンドス……」
かすれた声をもらすと、再び強く抱きしめられ、唇を唇でふさがれた。
力が抜けた身体は抵抗などできるはずもなく、喘ぎ声を漏らしながら涙ぐむまで唇を貪られ続ける。
しばらくしてから、ようやくラムウィンドスが重々しく言った。
「手当てはします。ですが、その穴は塞がせない。耳飾りをつけるときは、必ず右からでお願いします」
まだ、耳はじんじんと痛いままで、異物感もある。そこに何かがあって、重い。耳飾りをつけられたようだった。
「……これは何を」
「嫉妬ですよ。醜いでしょう。なりふり構っていられないんです。あなたを傷つけ、血を流させてでも印をつけたかった。躊躇せずそれをした男に、あなたが奪われると焦っていますので。本当は、もっと」
心臓の音がする。
自分からなのか、ラムウィンドスのものなのかすら、わからない。
引き締まった胸板の向こうで。或いはその硬さに押しつぶされた胸の奥で。二人とも、痛いほど胸を高鳴らせながら、互いにしがみついている。
本当は、もっと。
言葉の奥の欲望の切実さに、セリスとて気付かないわけにはいかなかった。
(奪われてしまう。いえ、捧げてしまう。何もかもこのひとに)
まだ話していないことがある。
昼間出会った銀の髪の人のこと、ロスタムやアーネストと話したこと。隠そうか言うべきか悩んだいくつものこと。
気づいたときにはソファの上に押し倒されていた。
見下ろしてきたラムウィンドスが、きつくセリスの手首を掴んで座面におしつけながら、熱い吐息をもらして囁いた。
「あなたを、俺のものにしてしまいたい。俺を選んでください。あなたの、ただひとりの男として」
セリスは熱く潤みはじめた瞳を瞬かせ、かすれた声で「はい」と返事をした。
(アルザイ様、アーネスト、セリス、ラムウィンドス)
提供:汐の音さま
姫の花道、一年半くらい書いているんですが、ここにきてブクマ200、ポイント500、PV90000達成です……!! ありがとうございます!! ということで記念FA届いてます!!
セリスが可愛い……。
そしてここの人間関係色々複雑だけどみんな仲良いんだぜと思ったんですが、アルザイ様とアーネストはふつうに仲悪かったそういえば。
そしてそして前回「☆☆☆☆☆(๑˃̵ᴗ˂̵)!!!」と呟いたらなんとお二方も☆☆☆☆☆してくださいました。ありがとうございます……。ありがたすぎます。リアルタイムで読んで後書きも読んでくださっている読者さんがいるとは……。生きます!!
本編はラさん余裕なさすぎですけど大丈夫です? 編でした。つづく!!