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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽

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嫉妬の口づけは痛みとなって(前編)

 不審な態度はとらないようにしようと思っていた。

 それなのに。


「俺に何か隠していますね?」


 ラムウィンドスから穏やかな笑顔で尋ねられて、セリスは反射的ににこっと微笑んでみた。

 にこっと微笑み返された。あのラムウィンドスに。


(む……無理。慣れない……)


 すでに完敗。

 ソファに腰を下ろし、長い足を優雅に組んだラムウィンドス。

 その横で、向き合うように腰掛けてはいたものの、膝に手を置いたままの姿勢でセリスは固まっていた。

 獅子や豹といった、絵図でしか見たことがない、しなやかで獰猛な獣を前にしているかのような緊張感だった。

 人間の男であるラムウィンドスには牙も爪もないはずだし、ましてや人間の女であるところのセリスが頭から食われることなどないはずなのだが、迂闊に動くことすらできない。どうかすると、息もしづらい。


 砂漠の都市で再会したラムウィンドスは、以前のように眼鏡をかけていることがない。

 そのせいもあって、まなざしの印象が鮮やかだ。

 端正な容貌に似合いの、凛々しい瞳。

 セリスと視線が絡むと、いささか長すぎる時間見つめてくる。セリスが耐えかねて困り顔になるまで。


(まるで太陽の灼熱を浴びているみたい……)


 なんの覚悟もせずに日の下に飛び出してしまったときのように、息が詰まり肌が火照る。もう見ないでほしい、と潤む目で訴えても、逃してくれる気配がない。

 今も、ずっと見ている。


「どうして……、わたしが何か隠しているなんて思ったんですか?」


 抵抗してもかなうはずがないと知りつつも、セリスは言わずにはいられなかった。

 ラムウィンドスが、わずかに顎をひいた。うかがうように、目が細められる。


(無理。怖い)


「隠していないんですか?」


(なんですかその質問返し)


 セリスは微笑みを維持できなくなり、俯いてソファの背にずぶずぶと半身を預けた。

 頭ではわかっている。彼に殺意はなく、自分に危険はないと。

 だが、全身が異常なほどに警戒している。

 安全なはずがない。この男は危険だと何かがしきりと訴えかけてくる。そして、どうしてもそれを否定できない。


(アーネストだったらこんなに緊張しない。この緊張感は)


 以前にもどこかで……と、思い出そうとした。

 すぐに、まるで石を飲み込んだかのように喉に詰まりを覚えた。ついで胸がじくじくと痛みだす。心の中ですら呼ぶのを躊躇う名前が頭をよぎる。

 サイード。

 もはやその文字列や響きなど絶対思い浮かべないように、記憶に蓋をする勢いで忌避したというのに。


「今、誰のことを考えました?」


 完全に、心を読まれている。


「なんで……、いまわたしが考えたことがわかったんですか」


 目を合わせていることができず、手で顔を覆って息も絶え絶えに言ったのに、手首を掴まれて顔から外された。

 距離を詰めてきていたラムウィンドスに見下ろされている。


「あなたは顔に全部出るんですよ。嘘をつけない、正直なひとだ」

「そんな……、顔芸みたいな言い方しないでください」


 言い返しながらラムウィンドスを見上げて、セリスはじわっと後悔した。


(近い。怖い)


 掴まれた手首は決して痛くはないのだが、びくともしない。力加減が完璧なのが逆に恐ろしい。とてもとても冷静なのだ。

 冷静に、確実に、追い詰めようとしている。


「ラムウィンドス、怒ってます?」

「いえ」

「絶対、嘘ですよね」

「何か心当たりでも? 俺は怒った方がいいんですか?」


 きっぱりとした返事には、威圧感がこもっている。


「怒って頂いた方がすっきりするかもしれません……。わたしはあなたが怖いんです」

「そうですか」


 本音が口から出てしまった。

 ラムウィンドスは速やかにセリスの手を離すと、正面を向いて背を伸ばした。姿勢が完璧なまでに美しい。隙がない。

 その様子を見て、セリスは「あ」と小さく声をもらした。


「ラムウィンドス、いま怒りましたね」

「よくわかりましたね」


 ちらっとラムウィンドスが視線を流してきて、全肯定した。声に、険がある。

 先程までとは明らかに違う冷ややか過ぎる態度に、セリスは思わず両手を両頬にあてて「えええ……」と声を上げた。


「わかり……ました。横顔が怒ってます。ということは……、今までは、怒っていなかったんですか? あんなに威圧的だったのに?」


 口がすべった。

 ラムウィンドスはしっかりとセリスの方へ顔を向けてきた。きつく眉を寄せ、目を細めている。


「姫が俺の威圧を真に受けるほど繊細だったとは知りませんでした。今まで、どれほど念じてもかけらも気にされたことなかったですからね。どういう風の吹き回しですか」

「なんてこと言うんですか! 今までだって……。そうですね……。まあ……? ええと意識してはいたと思います?」

「姫」


 やや強い調子で遮られる。呆れられている気配を察してきちんと背筋を正してみたが、ラムウィンドスの語調は厳しいままだった。


「何故、今日の姫は俺の顔色をうかがっているのか。ご自分では気付いていないようなので教えて差し上げます。『後ろめたいことがある』からですよ」

「はい」

「納得したところで、話す気になりましたか?」


 ラムウィンドスの手が、頬に添えられる。セリスは思わずその手に手を重ねて、頬から引き離し、自分の腿の上に置いた。

 そして、ゆっくりと言った。


「後ろめたい秘密は、あなたに打ち明けないとだめですか? わたしはあなたにすべてを話さないといけませんか」


 問うようなまなざしを向けられる。

 やがてラムウィンドスは、一瞬瞼を伏せた。

 すぐにセリスの顔を見つめた。


「……それを言われると。あなたに何も言わずに決断をした、あの日の自分の態度を問われているように思います」

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