飛来する鷲と月の守護者(後編)※
視線が絡んだのは一瞬。
細い銀縁眼鏡ののった、血の気を感じさせない白い肌。眼鏡の奥の瞳が、驚きを湛えたように見開かれている。
強い既視感。
(月王家の色!?)
セリスでもゼファードでもない。長い銀髪を靡かせたその姿は、しかし紛れもなく月の系譜に連なる者。
「アーネスト!! 逃がすな!!」
聞き覚えのある声がする。
同時に、空から飛来した鷲が、銀髪の人影めがけて鋭い爪を光らせながら降下するのが見えた。
「っあぶなっ!!」
銀の髪の持ち主をかばうのは、アーネストにとってほとんど本能に近い。
とっさに、、身を宙に躍らせ、石段を駆け下りるその人の側まで数段飛ばしで回り込み、背に庇う。
まさに襲いかかってきた爪と嘴を腕で防ぎながら、声を張り上げた。
「ロスタム!! 何さらしとんじゃ!!」
「おいふざけんな!! お前こそ何やってんだ!! エイヴロンの邪魔をするな!!」
負けじと怒鳴り返してきたロスタムに、瞬間的にカッとなり、腕を振り回して鷲を落とそうとする。なぜかしっかりと爪で腕にしがみつかれていて、払えない。
目が合うと、妙に可愛く「きゃる?」と鳴かれた。
(猛禽のくせに、なんやその愛想!)
振り払うのを諦め、背後を振り返った。
あまりの勢いで飛び込んでしまったせいで、銀髪の主を背後にかばったつもりが、転ばせてしまっていた。不覚すぎる。
「大丈夫やの!?」
石段に打ち付けたのか、後頭部を押さえながら半身を起こしたそのひとは「お前がやった……」と呻き声の合間に呟いていた。が、よく聞き取れなかったアーネストは「何!?」と大音声で聞き返す。
「うるさ……うるさい……響く」
銀髪の主は両手で頭を抱え込んでしまい、アーネストはとりあえず腕を差し伸べてそのひとを軽々と抱え上げた。
「何をする!? お前、腕に鷲ついてるぞ!?」
ばさばさばさっと耳元で羽ばたかれたそのひとが大きく目を見開いて抗議する。
ああ、とアーネストは腕にしがみついたままの鷲に向かって言った。
「お前、いつまでそこにおるん。止まり木ちゃうで。相棒のところに帰り」
「アーネスト! その『月』と知り合いかよ!?」
そこに、猛烈な勢いでロスタムが怒鳴り込んできた。
その後ろから、ひょこ、ひょこ、とついてくるセリスの姿を目にして、アーネストは妙に気持ちが和んでしまったが、そんな場合ではない。
「鷲が邪魔や。どかして」
当然の要求をしたはずが、ロスタムは軽く首を振る。
「エイヴロン。そいつを噛み殺せ」
「何言うてんの!? ほんと、何言うてんの!?」
ピギャアアアアアアアア!! と至近距離で鳴かれて、アーネストは再び腕を振った。
その混乱のさなか、アーネストの腕の中に捕らわれた人物がすり抜けようと、身を捩る。アーネストが、その動きも見ぬまま叫んだ。
「動かんといて!! しつけのなってない鷲がおるから危ないで!!」
空いた腕で、強く抱きしめる。「至近距離で怒鳴るな……」と儚い声で抗議が上がったが、アーネストには耳を貸す余裕がない。
「ロスタム。エイヴロンを止めてください」
セリスがロスタムの腕を揺すぶって言った。ロスタムは、嫌そうに顔を歪めつつ「やめろ」と飼い主権限でエイヴロンに命令を下す。
「アーネスト。ナサニエルをご存知なんですか?」
翼を収めたエイヴロンを少しだけ警戒しつつも、セリスはアーネストに距離を詰める。
アーネストは目を見開き「ナサニエル?」と聞き返す。
そのひと、とセリスが小声で言ってきたのは、腕の中の人物。
「知らんね。銀髪やから守った」
「さすが王家の犬は、しつけがなっている」
すかさずロスタムが嫌味を言ったが、アーネストはハッと小ばかにしたような笑い声をあげた。
「ガキが。その相棒ともども焼き鳥にして食うぞ」
かなりのガラの悪さだったが、「喧嘩しないでください」とばかりにセリスが二人の視線の間に身体をねじ込むと、きりっと厳しいまなざしでアーネストを見た。
「食べ物の話はその辺にしておいてください。お腹がすきます」
きりっとしたまま、ロスタムを振り返る。
目が合ったロスタムは、興が醒めきった様子で呟いた。
「別に食い物の話はしてねーんだわ」