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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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天国なんかいらない(前編)

 難儀やな、というのが偽らざる感想だった。

 自分の顔が割と「特殊」で、無意味に晒していると「目立つ」ことを、アーネストは理解している。


「ね、何か困りごとはないの? 必要な物があったら言ってね」


 王宮を歩くだけでひっきりなしに女官に絡まれ、男からも熱い視線を送られていた。

 これが、この顔でなければ「見かけない奴」と怪しまれていたかもしれない。だが、特徴を言えば「誰のことか」たいていの者が思い当たってしまう程度に際立っている。喧伝したつもりもないのに、素性が割れている。

 数日、ラムウィンドス直属部隊にいたせいもあり、噂話は預かり知らぬところまで行き届いてしまっているようだった。


(王宮内動けるのはいいんやけど……、面倒くさい。月の国(イクストゥーラ)なら、この顔に周りが慣れとったから、今さら騒ぎになるようなこともなかったのにな)


 さすがにこの顔とは二十数年付き合っているだけあり、絡まれたときの対処法も心得ているつもりのアーネストである。しかし、限度がある。

 セリスと離れたのは失敗だった。

 朝食で顔を合わせた面々は各々やることがあったようで、アーネストも遊んではいられないと兵たちの訓練に参加してきたのだ。兵たちも負傷者が多く、ぼろぼろではあったが、悔しさから鍛錬に励む者もまた多かった。それでキリのいいところで引き揚げ、エスファンドの研究室に向かってはみたものの、そこにセリスはいなかったのである。


「書庫に向かったまま帰らないですね」

「話が早くて助かるわ」


 こちらのことを覚えていたらしい黒髪の青年が、顔を合わせるなり気付いて寄って来た。

 狂乱の夜に四阿で顔を合わせていたので、互いに覚えがあった。エスファンドの弟子リーエン。

 東方出身と一目で知れる顔立ちであるが、いわゆる端正な容貌というのは古今東西で何かしら共通するものがある。

 アーネストは、このときばかりはしげしげと青年の顔を見てしまった。

 気づかれて、切れ長の瞳に見つめられる。


「何か?」

「元気かなぁ、思って」


 青年はアーネストを見つめたまま、目を細めた。


「元気ですが? あなたも大禍なかったようで何よりです。あの晩」


 視線が絡む。

 アーネストが何か言うより早く、青年は唇に嫣然とした笑みを浮かべた。目つきが、ぞくりと背筋を寒からしめるような不穏な色香に満ちていた。


「マリク、綺麗でしたね」


 セリスの仮の名を口にしながらも、意味するところは明らかな響き。マリクと名乗るセリスが、「女であること、その正体まで大体把握している」という。


「ああいう格好が似あうお人やからね」


 にこりと微笑みかけて言えば、青年はさらに笑みを深めた。


「アルザイ様がお選びになったとか。確かに、アルザイ様はマリクにご執心のように見えます。もともと、あれほどの方がお側に女性の一人も……というのがおかしいのです。いよいよということでしょうか」


 わざと、煽っている。

 心をざわつかせるように。


(のせられへんで)


「いよいよも何も遅すぎや。オッサンいくつだと思っとんの」

「あれでエスファンド先生よりお若いんですよ。まだまだ何人でも孕ませられるでしょう」


 あけすけと言われて、アーネストは頬をひくつかせた。

 アルザイがセリスを孕ませるなど、とんだ悪夢だった。


(無理に決まっとる。姫は)


 三年前出会ったときからずっと、ただ一人しか追いかけていない。

 アーネストの胸の内を見透かしたように、リーエンは囁いた。


「不満そうですけど。子作りなんかただの交尾ですよ。気持ちなんか関係ありません」

「下衆」

「はい」


 なんとでも言ってくださいとばかりに明るく返事をされて、アーネストは思い切り顔をそむける。

 その横顔に向かって、さらにリーエンは続けた。


「あなたは、身体の結びつきより心の結びつきが大切だと信じている、ふりをしている。そうやって自分を騙そうとしているだけだ。認めるのが怖いから」


 気づいたときには、袖を掴まれていた。

 リーエンは背伸びをしてアーネストの耳元に唇を寄せ、囁く。


「あなただって、孕ませたいんでしょう。滅茶苦茶になるまであの子のことを犯して、自分のものにしてしまいたいんでしょう」

「何言うてんの」

「守りたいなんて嘘ですよ。女を見る目だ。ただの男として、女のあの子の全部を奪いたいくせに。顔に、書いている」



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