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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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自動機械仕掛けの楽園

 角を曲がる姿は見えたのに、追いかけると後ろ姿さえ見えない銀の髪。

 見失ったかと諦めかけると、視界の端をかすめて、遠くにその姿が見える。

 ついてこいという意味なのか、それともその程度の根性なのかと嘲っているのか。


 正体不明の銀髪の相手を追いかけるうちに、セリスとロスタムは王宮を飛び出して、渺茫(びょうぼう)とした青空に踏み出すように、石段を下り始めた。

 その最中に、ロスタムが彼方へと目を向けて話し始めた。


「ここよりもっと北に、自動機械装置(オートマタ)の開発に力を入れている、大きな都市がある」


 足が止まる。

 ロスタムの視線の先を追うように、セリスも足下の石段や左右に並んだ石柱ではなく、遥か遠くへと目を向けた。


 乾いた風が吹いていた。

 陽射しは熱いはずなのに、一瞬、忘れた。

 黒鷲の息子である彼に本物の翼があれば、その心のままに力強く空へと羽ばたいていたであろう。

 ここではないどこかへと。


「その都市の、外国人の使節を歓待する宮殿に『木立の間』と呼ばれる広間がある。以前、帝国の使節に潜入したアルスとともに、案内されたんだ。大きな広間の中心に、水を湛えた池があって、その中央の小島に太い枝をいくつも張り巡らせた一本の大樹があった。その木……、銀製なんだ。幹も枝も銀。無数の葉もすべて銀か金。そして、枝にはさらに、金や銀で作られ、宝石のはめ込まれた小鳥がびっしりととまっているんだ。そこに風が吹くと、葉がシャラシャラと音を立てながら揺れて、小鳥たちが歌うようにさえずる……。すべてが自動機械装置によるものなんだ」


 遠く、夢を見るように語るロスタム。

 金銀で出来た大樹で羽を休める、宝石の鳥。

 風が吹いて水面に波紋が広がり、葉がさざめいて、鳥たちが歌い出す……。


 ロスタムの声を聞きながら、セリスもまたその光景を幻視したかのように目を潤ませた。


「自動機械装置ですか……。風や水の力を使って時計を動かしたり、一定時間ごとに杯に葡萄酒が注がれるような仕組みがあるとは、以前聞いたことがありますが……」


 呟くと、ロスタムが視線を流してきた。


「姫様は、見たいか」

「うん、まあ、どうでしょう……。そういう、綺麗過ぎるものを見ると、心が囚われて帰ってこれなくなりそうで怖い。どちらかというと、それそのものよりも、装置の作りの方を見たいかな、中とか裏側とか」


 想像だけで、あまりの真に迫ったうつくしさに、胸が痛くなってきたくらいだ。実物を見たら、魂を根こそぎ奪われてその場から一歩も動けなくなりそうな気がする。

 しかしロスタムは、何を言われたかよくわからないように目を細めた。


「怖いってなんだよ。見たくないのか」

「見たくないわけじゃないんですが、現実にはあり得ない光景ですよね。怖いです。見なければ見ないで生きていられるだろうに、見たら一生忘れられなくなりそうで。その木の根本で、飲まず食わずで朽ちて死ぬわけにもいかないのに、ずっと見ていたい、なんて。永遠を望みそうで怖い」


 セリスがまだ話しているというのに、ロスタムはセリスの腕に巻き付けてあった布に手を伸ばし、無言でくるくるとはぎ取るとセリスの頭髪を覆うように巻き付け始めた。


「あの」

「聞いている。冷静なのか臆病なのかよくわからないな、お姫様のくせに」


 うむぅ、とセリスは呻き声を飲み込んだ。


「冷静でいたいとは思っています。弱いので、臆病な面もあるかと思いますが……」


 手早くてきぱきと頭髪を整えられて、変に手を出すのもと大人しくされるがままになっていたが、そういうところが嫌になるほど「お姫様」であることに、セリス自身気付いている。

 揶揄われてもしかたないほどに、不器用でトロい。

 アーネストをはじめとした周りが世話焼きの達人であるとも感じているが、それにしても。


「オレは」


 きちっと布の先端を布の間に折り込んで崩れないようにしてから、ロスタムはセリスと視線を合わせた。


「そういう光景を、お姫様に見せてあげられるかもしれない」

「……こう、何かの工作活動のついでに?」

「そうだな。正規の手段じゃないかも。だけどもし、お姫様が何かの理由でこの都市を離れることがあるとして、北へ……帝国やアルファティーマへ行こうというのなら、オレも行く理由がないわけでもないし、行っても……」


 もごもごと言われて、なんでこんなにまわりくどい話し方なんだろう? と首を傾げたセリスは、片手を上げて腕を伸ばし、ロスタムの肩に置いた。


「わかった。もう一回見たいんでですね、ロスタムが」

「ああ?」


 険のある調子で返されつつも、セリスは構わずに続ける。


「一緒に行こうか」


 瞠目して、まっすぐに見返してきてから。

 ややして、くす、とロスタムが笑い声をもらした。


「……そうだな。ま、別にまっすぐ北に向かう必要もない。それこそ月の国経由でもいい。姫様がサイードに会いたい理由は、月の国を助けたいからなんだろ?」

「理由」


 問われて、一瞬セリスは言葉に詰まる。


(その通り、何も間違えていない。サイードに、個人的に会ってどうにかしたいわけではない、はず。あくまで月の国の為に、あのひとを止めなければいいけないと思っていて)


 自問自答し、確認する。

 同時に、自分が言葉に詰まった瞬間、じわっと胸の中に広がった言い知れぬ罪悪感が拭いきれない。


「『お姫様』?」


 確認のように顔をのぞきこまれ、セリスは慌てて頷いて見せた。


「ありがとう、助かる。アルス様が神殿を留守にして都市の外を歩いていた以上、職務を引き継ぐとなればロスタムもそういう動き方はできるはずだもんね。そのためには、まずはあの銀の髪のひとと話を詰めないと」

「太陽神殿の関係者で銀髪、か。まったく該当の人物が思い浮かばない。何者なんだ」


 いぶかしげにいいながら、ロスタムが自分の顔に巻きつけた布のずれを気にするように、手でおさえた。


「絶対に何かあるひとですよ。早いところ捕まえましょう」


 そう言ったセリスの頭の向こうを、ロスタムがじっと見つめる。

 自分を素通りするその視線に気づき、セリスは振り返るべきか悩んでロスタムを見つめた。


「……いる?」

「いたかも」


 慎重な問いかけに、慎重な答えが返る。

 これまで何度も逃してきてしまったので、「自分が見たら消える」くらいに思っているセリスとしては、振り返るに振り返れない。


「近い?」

「そうだな……。捕まえられないこともなさそうな」


 押し殺した声で答えたロスタムが、瞬きする間もなくセリスの身体を軽くとん、と横に押しのけた。セリスは落ちないようにその場に踏みとどまる。

 ロスタムはすでに石段を蹴って走り出していた。


 視線の先にいるであろう相手に「待て」と呼びかけることはなく。

 叫んだのは一言。


「エイヴロン!!」

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✼2024.9.13発売✼
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