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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【間章】 幼き日の邂逅
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君の名は(5)

 目を開けると、辺りは薄青い光に満たされていた。

 まるで水の底にいるようだと思った。森の奥の、静かな湖の底。

 ここはどこだろう。

 どう見ても部屋の中ではない。

 セリスは懸命に瞼をこじ開け、身じろぎをする。自分が寝ているのではなく座っているのだと気付く。

 右肩がやけに重い。

 顔だけ向けて見てみると、人の腕のようだった。

 今度は左側を見てみる。


「起きたか」


 頭上から声が降ってきた。見上げると、やわらかい陽光のようなまなざしが向けられていた。

 セリスは目をしばたく。心を落ち着けて見直してみる。

 一瞬。

 瞳が金色に見えた。


 アスランディアの化身は己の唇の前に指をたててみせ、黙るようにと動作で示してきた。

 了解したセリスがぐっと唇を閉ざし、息まで止めたのを見ると、目をわずかに細めて、口の端に笑みを浮かべた。

 すぐに表情を引き締めると前を向いた。


「朝だ。まだ騒ぎになっている気配はないが、姫がいないことはじきにバレる。皆心配するだろうし、ことが王宮に伝われば大変なことになるだろう」

「大変なこと……」

「姫がひとりで出歩いて、もし怪我をしたり、悪い人間にさらわれでもしたら、皆が陛下に怒られることになる。姫はそれでもいいと思うか」

「……わたしが悪いのに、みんなが怒られるの?」

「そういうことになる。それが申し訳ないと思うなら、今すぐ帰るように」


 はじめて聞いたときの印象と同じ、硬質で澄んだ声音だった。

 うかがうように見上げても、鋭角的な顎が横を向いているのが見えるだけ。


「…………帰ります」

「それが良い」


(もう少し。あとほんの少しだけ、一緒にいたい)


 アスランディアの化身は、引き止めてくれる気はなさそうだった。セリスはそっと立ち上がり、腕の中から逃れた。ぬくもりは樹間を渡ってきた冷風にさらわれていった。


 顔を上げて梢の向こうの空を見上げたとき、何もかも夢ではないかと思った。

 たしかめるために振り返る。アスランディアの化身は、まだ木の根元にもたれるように背を預けて座っていた。セリスと目が合うと、口元に微苦笑を浮かべた。


「林檎。何があっても離さないんだな。くいしんぼうのイクストゥーラ」


 言われてはじめて、自分が林檎を持っていたことを思い出す。どうして持っているのだろうと考え、セリスは思い出したことを訥々と口にした。


「今日のおやつ……林檎菓子だと思うの……。すごくいい匂いの。絶対食べたいから、帰らなきゃ……。だって、司厨士さんたちの作るお料理はね、すごく美味しいの。魔法みたいなの! そうだわ、アスランディアにもぜひ食べさせてあげたいわ! ねえ、アスランディア、離宮の場所はわかるのでしょう? わたし、離宮からは出てはいけないと言われているのだけど、アスランディアが来てくれたらすごく嬉しいわ!」

「……難しいだろうな」


 険しい顔をしてしまったアスランディアの化身を前に、セリスは焦って言い募った。


「来れる時でいいの! その、絶対に来るって約束してくれれば、それでいいから……」


 言葉尻が弱くなったのは、断られるのが怖かったから。けれど、立ち上がってセリスを見つめてきたアスランディアの化身は、意外にも笑顔だった。


「わかった。約束する」

「本当に!? 絶対よ!」

「ああ。アスランディアはイクストゥーラを裏切らないよ」


 力強い言葉はとても嬉しかった。それなのに、どうしたことか、セリスは胸に痛みを覚えた。ぶつけたわけでも、熱いものに触れたわけでもないのに、内側が痛い。


「姫? どうした、まだ寒いのか?」


 様子が変だと気付かれてしまったらしい。心配しているような声がかけられる。でも、うまく言えそうにない。

 セリスは俯きながら両手で林檎を差し出した。


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✼2024.9.13発売✼
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