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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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千年王朝の臣と不屈の王子(5)※新年SS

 このときまで、布で顔を覆ったロスタムは発言をすることもなく、際どいやりとりをする主従をじっと見つめていた。

 アルザイはその視線に、気づいているだろう。気づかないはずがない。エルドゥスが暴走したときなど、まるで判断を試すかのように睥睨していた。

 ロスタムを、認識してはいるのだ。

 会話がないだけで。


(べつに。今さら何かを話したかったわけじゃ)


 顔は、確かに似ているのだと思う。身長はまだ追いついていない。というか、追いつけるのか。

 砂漠の黒鷲ことアルザイは、とても。

 とても、大きい。

 寛いでいてさえ、貫禄は目覚ましい。

 翼を広げたら、どれだけ力強く人々を導く存在となるのだろう。

 それは、決して表に立つことのない組織の長としてアルスより指名された自分とは、天と地ほどの隔たりもある。

 あまりに違い、あまりに遠い。


「それにしても、対アルファティーマの要に俺のラムウィンドスを借りたいとは、思い切ったことを言うガキだ。この上帝国はオレにどれだけ借りを作る気だ。さすがにこの男(ラムウィンドス)に関しては、宰相殿のこれまでの働きと等価とは、認められないぞ」


 アルザイは、イグニスに目を向けた。

 予期していたように、肩をそびやかしたイグニスが答える。


「大胆不敵なことです。事前に相談を受けていたら、止めたんですけどね。そこのクソガキの発言は」


 瞳に不遜な気配を漂わせて、口の端を持ち上げて笑う。そのまま、エルドゥスに顔を向けて諭すような口ぶりで続けた。


「そこまで向こう見ずな発言をするなら、いっそ黒鷲に狙いを定めるべきです。総司令官殿は、一度サイードに負けたわけですから。験を担ぐ意味でも、まだ負けていない黒鷲のほうがよほど魅力的です」


 エルドゥスの背後で、ラスカリスが両手で顔を覆っていた。

 一方、水を向けられたエルドゥスは「ん?」と小首を傾げる。


「黒鷲殿は総司令官殿よりお強いと?」

「知らない」


 単純かつもっともなエルドゥスの疑問に対し、あっけからんと答えるイグニス。「お前らもう、その辺でやめておけよ」とラスカリスが息も絶え絶えに呻いていたが、二人とも気にした様子もなかった。

 アルザイは薄笑いを浮かべて、ラムウィンドスへと視線を流す。


「ラムウィンドス。こちらの客人方々が、俺とお前でこの場で立ち会い、雌雄を決するのを所望しているようだ」


 ラムウィンドスは相手にするそぶりも見せず、白けた様子で明後日を見ていた。「何を馬鹿なことを。そんな挑発にはのりませんよ」と顔に書いてある。

 悪だくみを思いついたとばかりに、アルザイの顔に悪童めいた邪悪な笑みが閃いた。


「そうだ。言い忘れていたが。セリスはなかなか、抱き心地が良かった。お前より先に楽しんで悪いな」


 静かだった。

 耳が痛くなるほどの静寂が辺りを覆いつくした。

 物音を立てた人間から、血に飢えた地獄の番人に狩られる。間違いなく。それほどの沈黙。

 ラムウィンドスの顔をちらりと見やってから、アルザイはエルドゥスに今一度視線を投げた。


「挑発というのは、こうやるんだ。この男の急所は一つだ。突くのはそれほど難しいことじゃない」


 指で顎を摘みながら、イグニスが独り言のように呟く。


「うん。たしかに、怒ってる。今までで一番怒っている」


 話を飲み込めていないエルドゥスが、「今のが挑発ですか?」と余計な追撃をしかけ、もっとも良識溢れる反応を示したラスカリスによって「少し黙ってください」と問答無用で口をふさがれることとになった。

 その手を振り払って、エルドゥスは実に心外そうに言った。


「せっかく、アルザイ様が何か()()を伝授してくださってるんだ。聞くだろ。ここは聞く場面だろ」


 ラスカリスはイグニスに顔を向け、万感の思いを込めた声で言った。


「エルドゥス王子、こんな馬鹿、いや、面倒くさいひとでしたっけ」


 隠し切れなかったけど一応隠す努力はしたラスカリスに対し、問われた帝国宰相は軽く頷いた。


「王子は馬鹿だよ。ずっと馬鹿だ。わかりきっていたことだ」

「……陛下は王子の到着をあんなに心待ちにしているのに、これでは」


 自分を挟んで会話する二人に対し、エルドゥスは「お前らはお前らで、俺に対して本当に遠慮がないよな」と呆れたように呟いた。


 すべてを。

 それらすべてを見ていたライアは、頬をぴくぴくと引きつらせながらエスファンドに目を向けた。

 視線の先で、東西にその名を轟かし、千年先にも讃えられるであろう大天才は、猫のようにのどかに欠伸をしていた。

 もはや誰が収拾をつけるのだろう、とイグニスを目で探せば、何かを盛大に勘違いした様子のイグニスに片目を瞑ってこたえられる始末で、徒労感がいや増すのみ。

 馬鹿ばっかり、という言葉はなんとか飲み込む。誰かに遠慮したのではなく、それを言ってしまった時点で自分も逃れ難く仲間入りという強い拒否感からであった。


 その時、広間の入り口の方で何か小さな騒ぎが起こった。

 また何か、とすぐさま気付いた全員がそちらへ目を向ける。

 騒ぎを治めた何者かが、その場に足を踏み入れ姿を現した。

 謹賀新年


挿絵(By みてみん)



 アーネスト&ラムウィンドス


 提供: 汐の音様



 旧年中はお世話になりました。

 今年もよろしくお願いします。







【新年SS】※本編とは関係ありません。


 羽子板、という見慣れぬ遊びにはすぐに慣れた。

 もともと運動神経には優れた二人である。遊びと言われてはさして身が入らずとも「勝負」と言い換えられると途端に互いに譲れぬものに懸けて容赦なく打ち合い、試合は白熱をきわめることになった。

 結果。

 

「……ったく。負けず嫌いは天井知らずやねえ」

「悪いな。姫の前で、お前にだけは負けるわけにはいかない」


 ふてくされたアーネストさておき、ラムウィンドスは、常にはないほど弾んだ声で言った。

 もともと、無表情の印象が強いだけで、笑うときはひどく明るく笑う男なのだ。

 あまりに晴れやかな笑顔を前に、アーネストはぶつけたかった不満を飲み込んで、溜息をついた。そのまま目を閉じて、投げやりに言う。


「ほな、ひと思いに。ちゃっちゃと済ませてな」

 晒されたのは、あまりにも精巧に整った美貌。

 彼を知らぬ者が目にしたら、この世に二人といないであろう奇跡を前に打たれて立ち尽くすであろう。

 それほどの。


 それが試合ゲームルールと説明されて、墨と筆を手にしていたラムウィンドスですら、一体この顔のどこに手を加えろと、との思いから息を詰めて見つめてしまった。

 観戦していたセリスも、ハラハラとした様子で視線を送ってきている。

 ラムウィンドスがちらりと目を向けると「まさか月の国の至宝に手をかけますか……!?」とでも言いたげな目で見返してきた。


「……それもそうですね」

 独り言を漏らすと、そのままスタスタと歩き出し、ゼファードと何やら歓談していたアルザイの元に向かう。

 一瞬だけ、迷った。

 アーネストは月の国の人間だし、落とし前をつけさせるならゼファードかな、とは考えた。

 しかしその理屈をふりかざせば、「それならば今のあいつの主は姫だ」などと言ってセリスを差し出してきかねない。ゼファードにはそういう、容赦のないところがある。

 もちろん、ラムウィンドスが絶対にできないと見越した上でなのだが、確かに手を出すのもままならない状況でそんなことできるはずがない。手を出すならもっと違う方面で出したいところだ。


 熟考、三秒。


「おい。なんでオレだよ」

 勢いよく墨で顔に落書きをされてから、アルザイが呆れた様子で言った。

「そこにいたので」

「いや違うね。お前、明らかにわざわざ寄ってきて、一端かわしたオレを追いかけてまで書いたよな。ふざけんなよ」

「ふざけてはいない」

「おい、真面目くさった顔して言ったからって許されると思うなよ……!? だいたいなんだよお前、本編でも短気でキレやすいってとうの昔にバレてんだからな!?」

「いや、アルザイ様ほどでは」

 俺は結構冷静です、としれっと言い放ちつつ、墨の瓶を投げつける。

 もちろんアルザイは危なげなくかわしたが、後ろにいる人物まで考慮されていなかった。

 まともに墨を浴びたのはゼファード。

 銀髪から、ぽたぽたと墨を滴らせて、にこりと笑った。


 一方その頃、放置されたままのアーネストは(この間は一体……)と考えてはいたものの、周囲の雑音が耳に届くと、あまりの面倒くささにそのまま目を瞑り続けることを決めた。

「次はわたしが戦いますね。お相手はどなたでしょう」

 そんなセリスの一言も聞こえないふりをすることにした。

 誰が相手でも勝ち目がないくせに、とはさすがに言えずに。ラムウィンドスでさえ、手を抜かずに徹底的に打ち込んで負けさせるのは目に見えている。いや、ラムウィンドスだからこそ。


(変な二人……)


 瞑った目裏に、早咲きの白梅の下で微笑み合っていた二人の姿が不意に閃いた。

 風に散る花のようにすぐに消え去り、追いかけるように目を開ける。

 すぐそばに佇んでいたセリスに顔を向け、笑いかけた。


「ほな。あいつら放っておいて、次はオレらでやろうか」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 彼女の笑みはアーネストにも等しく向けられている。

 その笑顔に違いなど無いのだと、胸の痛みを無視して自分に言い聞かせて、「あっちでやろ」と声をかけて白梅の下に誘った。

 時折強く吹く風に、花びらが舞っていた。



(おしまい)



挿絵(By みてみん)








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✼2024.9.13発売✼
i879191
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