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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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千年王朝の臣と不屈の王子(4)

 広間の入り口が、にわかに騒がしくなった。

 伝令から何事かを言付かった兵が、広間を進んできて、アルザイに「市内で死傷者が出る騒ぎが起きたとのことです。鎮圧に兵を」と伝える。

 アルザイは居並ぶ武官数名に指示を出し、会議の終わりを宣言した。


「エスファンドの言質はとった。帝国宰相殿の言い分も聞いた。これで十分だ」


 王宮内では微妙な立ち居位置にあるイグニスに対し、アルザイは傾聴の姿勢を取った。これにてイグニスはアルザイの賓客であることが確定した。彼に手を出す者は、王に歯向かうと同義であると知らしめたのである。

 用は済んだと、主だった者以外を下がらせたアルザイは、椅子に深く座り込んで目を閉じてしまった。

 傍目にも疲労の濃さは明らかである。

 しかし、彼の忠実なる副官は、微かに眉を寄せてそっけなく言った。


「寝ている場合ではない」

「聞こえないな」


 聞こえた上で返事をした主君に対し、副官の青年はさらに距離を詰め、頭上から影を落とした。


「聞き分けの悪いひとだ」

「……お前そうやって俺を脅すの、やめろ」

「歩けないなら、俺が抱きかかえて運んで差し上げようかと。脅す、とはどういう意味です?」

「いい。自分で歩く。お前本当にやるからな。『いい』ってのはやめろって意味だ。おい、きょとんとするな」


 苛立ったように、アルザイは頭布にかけた金環を外しながら立ちあがった。


 肩が広く、ずば抜けて背が高い。

 刺繍の施された黒の長衣をまとい、首元に白い布を巻き付け、素顔をさらしたその立ち姿は、地上に舞い降りた猛禽の如く。

 眼差しの鋭さに至るまで、どこをとっても砂漠の黒鷲の異名にふさわしい、王者の佇まいがあった。


 足を踏み出したアルザイを、居残った者たちが息を詰めて見守る。

 耳元で金と紅玉石の耳飾りが揺れて、柔らかそうな黒髪が微かに風を孕んで靡いた。


「そこのガキども。随分と場を乱してくれたな」


 数歩進んで足を止め、立ち並ぶ少年二人に、黒曜石のような瞳を向ける。

 即座に反応したのはエルドゥスで、ふてぶてしいまでに面の皮厚く、ごく当然のように口を開いた。


「その方が話が早いかと」

「なめてんのか。たまたまラムウィンドスが殺さなかっただけだぞ」


 付き従っていたラムウィンドスが、彼にしては驚いた様子で目を見開いた。


「なるほど。殺すのもありでしたか」


 黙らせろという指示を、字義通りに実行してみせたわけだが、それもあったのか、と。

 アルザイは。ふんと鼻を鳴らして「うるせーよ」と呟いた。無駄に驚いた顔をしているくせに、ラムウィンドスの話しぶりはいかにもわざとらしく、面倒くさい。

 一方のエルドゥスは特に悪びれた様子もなく、けろりとして続けた。


「実際、よくわからなかったんですよね。その人がなんでサイードに勝てなかったのか。十分に強い、手応えがありました」


 軽く目を瞠って、ラムウィンドスがエルドゥスを見た。

 くくっと喉を鳴らして笑ったアルザイは、快活そうな声で言う。


「もっと言っていいぞ。負けだ、負け。この男、サイードを殺すと意気込んで出ていって、殺しそびれて帰ってきたんだ。おまけに、姫に手を出されるとは。生き恥どころではない、とんだ間抜けだ」


 怒気を通り越した殺気を漂わせて、剣呑さを押し込めたがゆえに無表情になってしまったラムウィンドスに構わず、アルザイは声を立てて笑う。

 ラムウィンドスは、抑揚の無い声で言った。


「アルザイ様。サイードをこの地から送りそびれたせいで、地獄の門番が暇を持て余しているようです。今から何人か送りましょう」


「諦めろ。俺の王宮で戦争を始めようとするな」

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✼2024.9.13発売✼
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