千年王朝の臣と不屈の王子(2)
「俺がその隊商に同行する。ここまで共に旅をしてきたんだ、東国人たちのこともわかっている。それにもしアルファティーマが俺を追ってくるというのなら、望むところだ。返り討ちにしてやる」
イグニスが片眉を跳ね上げた。驚いたようにも、苛立ったようにも見える表情であった。
彼に対して、真っ先に疑問を投げかけたのは、この場において発言に自由のあるラムウィンドスである。
「同国人を殺すか」
殺せるのか、と。
自分が問われたと気付いた少年は、目の前で槍が交差されても臆する様子もなく、見えてすらいないように一歩進み出た。
「殺せない理由はありません。今やアルファティーマは、帝国にとっても砂漠にとっても脅威です」
「なるほど。さて、そういうあなたは何者だ」
問いかけつつも、さして興味がなさそうな物言いに、少年はさらに一歩進もうとしてガチャっと槍に阻まれた。
「俺はアルファティーマの第三王子エルドゥスです。母親は帝国人であり、幼少時は人質として帝国に出されていました」
「たしかアルファティーマは末子相続が基本のはずだが。実質国内では『いないもの』にでもされていたのか。基盤を築けていないのでは?」
淀みなく問いかけるラムウィンドスに、エルドゥスは軽く目をみはった。
それから、やや早口に言い募った。
「はい。仰る通りです。そして俺は帝国に肩入れしています。この上は、アルファティーマこそが敵であるのは間違いありません。帝国の軍に加われば、当面の敵はアルファティーマであり、血を分けた兄たちになるでしょうが、問題なく戦えます」
そこで咳払いをしてから、視線を叩き込むかのようにラムウィンドスを強く見つめた。
「あなただって、サイードと戦っていましたよね? そんなに似ていて他人ということもないでしょう。しかも、あのときは決着がつかなかった。手心を加えたのではありませんか?」
兵たちの後ろに立っていたラスカリスが、ひえっと息を飲んだ。
その横では、顔を布で覆ったロスタムが肩を並べていたが「あれは殺し合いだった。お前も、見ていただろうが」と呆れたようにぼやく。
あのギリギリのやりとりのどこに手心を加える余地があったのかと。
絶対わかっているはずなのに、エルドゥスはしれっと言ったのだ。
ラムウィンドスのまとう空気が、明らかに変わっていた。
居並ぶ重臣たちにも、妙な緊張がはしる。
気づいていないはずはないのに、エルドゥスはさらに言った。
「サイードを、わざと逃がしたわけではないと言い切れるんですか? 本気で斬り合って、どちらも生き残っているなんておかしいですよね。手を抜いたのはどちらでしょうか。そして何故? そもそも、マズバルほどの都市があんな策略にはまって、これほどの被害を出すなんてどうかしていますよね?」
エルドゥスは一度区切ってから、周囲をぐるりと睨みつけ、最後にアルザイとラムウィンドスに目を向けた。
そして、まなざしに不敵さをのせて言った。
「この中に、内通者でもいるのではないですか?」