表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
211/266

糸を追う(後編)

 王宮に着いて、適当に待つようにと通された部屋からさっさと抜け出てロスタムは中庭に出た。

 ラムウィンドスからは特に顔を隠せという指示もなかったが、ロスタムは()()()()のために顔は布で覆っている。

 そこで見知った人物(セリス)とすれ違い、つい「姫君」と呼びかけてしまった。

 セリスは声だけですぐに気付いていたようで、顔をぱっと輝かせた。


「ロスタム。元気そうで良かった」


 銀の髪にターバンを巻き付け、すっきりとした美貌をさらし、襟の高い服を身に着けている。その姿は、優しい顔立ちの少年にも見える。

 だが、似た面影のある月の王(ゼファード)を知るロスタムからすると、やはりセリスは紛れもなく女性であった。

 若さに似合わぬ老いた巨木のような佇まいのゼファードは、目に見える猛々しさのようなものとは無縁であったが、セリスと比べれば見間違えようもないほど男性的であった。


(ゼファード様は「王」で、無視できない存在感はあるけど、覇気がない。枯れている。それに比べて姫は、瑞々しく可憐で……)


 ロスタムは思考の流れを断ち切るべく、セリスに話題をふっかけることにした。


「変な話を聞いたのですが。あなたは知っていますか。東国では、虫の吐き出した糸から絹を作っているのだとか」


 セリスは、唐突にふられた話題に対していぶかしげな表情で考え込んだ。


「絹が虫の糸から出来てる……?」

「突拍子もない話だと思いませんか」


 上々の反応に、うっすら満足を漂わせてロスタムが言うと、拳を唇にあてて物思いに沈んでいたセリスは、ハッと息を飲んで顔を上げた。


「それって、蜘蛛の糸から絹が作れるってこと?」

「蜘蛛?」

「蜘蛛。巣をつくるのに糸を出す虫だよ。絹を作る虫ってつまり蜘蛛のことかな? 蜘蛛の巣を集めれば絹ができる?」


 蜘蛛の糸……? また、何を言い出したのかと見下ろすと、潤んだ緑の瞳が見上げてくる。何やら期待に満ちたまなざし。 


「蜘蛛とは聞いていない。絹を吐くのは蚕という虫らしいですが」

「それは蜘蛛とは違うの? 餌は何を食べるの? 絹の素になる餌がこの世のどこかにあるの? 餌そのものは絹にならないの? 他の虫じゃだめなの? 絹はその虫しか作れないの? 絹を作る為に、東国ではその虫をどこかでたくさん育てているということ?」


 間断なく攻めて来る。本人には攻めている認識はないだろうが。

 一瞬、ロスタムは言葉に詰まってただ見返してしまった。

 唇を舐めてから、目を細めてゆっくりと言う。


「あの天才先生に聞いてみては。絶対、知ってる。天才だし」

「エスファンド先生。そうだね、聞いてみる。ありがとう」


 話は終わったとばかりに立ち去ろうとするその背中。そのあっけなさに、ロスタムはつい声をかけてしまう。


「姫様、お元気そうで」


(我ながら、間抜けなことを言っている気がする)


「うん。ロスタムも大きな怪我もなさそうで良かった。忙しい?」

「それなりに。……って。もっと何か聞かないんですか」


 会話が終わりかけると、すぐに背を向けようとする。あの状況で別れて、こうして会っている以上、もっと何かがあってしかるべきだと思うのだが。

 振り返って、きょとんとした顔をされると、妙にやるせない。


「もちろん知りたいことはあるよ。アルス様のことやアスランディア神殿のこと。だけどそれ、君は僕に言えるの? こんな立ち話で聞かれて、簡単に答えられる?」


 ロスタムが初めて会ったとき、セリスはうつくしい月の姫君だった。

 しかし、話し始めれば印象が変わる。利発そうで歯切れの良い口調。揺るぎない芯の強さ。お姫育ちの足で、砂漠を踏破しただけのことはある、と思わされる。


「他にも。兄様のことや月の国のこと。聞きたいことはたくさんある。君はそれを僕に話している時間がある? 他にやることがあるんじゃないの?」

「知りたいことがあるのに、聞かないんですか」


 さっきは、蜘蛛の糸で絹ができるのかと、あんなに聞いてきたくせに。

 綺麗な目を見開いて、見上げてきたくせに。

 ロスタムの挑戦的な視線を受けて、少年のように振舞う月の姫君はふっとまなざしを昏くした。


「アルス様のいないアスランディア神殿で、君は何か気付いたことはある?」

「あの人は、オレを後継に指名していきました。ですので、神殿内の掌握に努めましたが、これといって手応えはなかったです」


 曲がりなりにも、アルスに叩き込まれた権謀術策は身についている。口でいうほど簡単だったわけではないが、神殿でもやっていける自信はあった。

 しかし、それを伝えても、彼女の顔は晴れない。むしろ奇妙な懊悩を浮かべたように見えた。


「そう。念のため聞くけど、神殿に、銀髪の男の人はいた?」

「銀髪、月の人間ですか? いいえ」


 即座に返すと、銀髪の姫君セリスは、ゆるく口元に微笑を浮かべた。

 優しさを湛えたその清楚な面差しに、ロスタムは一瞬目を奪われて息を飲む。

 セリスはロスタムの示した反応を気に留めた様子もなく、微笑にほんのりとした苦さを滲ませてから、ロスタムに歩み寄ってきた。

 軽く袖をひいて注意をひきつけてから、囁き声で言う。


「神殿はおそらく君が考えているほど、簡単な組織じゃないはず。たとえアルス様がどう言おうとも、年若く、アスランディアとは直接縁のない君を即座に認めるとは思えない。きっと何か裏があるよ。気を付けて」

「は……」


 はい、と言いそびれたロスタムの腕をぽんぽん、と軽く叩いてから、「またね」と辺りに響くほど明るい声で言ってその人は背を向けて去った。

 振り返って、ロスタムはそのほっそりとした後ろ姿をじっと見つめる。


(神殿に銀髪の……月の王家の人間がいる? どういうことだ。アルスから後継者に指名されたのは建前で、神殿には俺の知らない顔がある?)


 心に引っ掛かりを覚えながら、ロスタムはセリスが向かったのとは逆方向に歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ