糸を追う(前編)
廊下に出て追いかけても、どこにも見つからない。
(銀髪は特徴としてかなり珍しいはず。それに、あの口ぶりからすると……、アルス様のことやあの騒動の経緯を把握しているとみて間違いない。アスランディア神殿の関係者? だとすればアルザイ様やラムウィンドスも知っているひと?)
ナサニエル、と自ら名乗りもあげていたのだ。
それが彼が普段から名乗っている名であれば、二人に伝えれば正体もわかるだろうか。
そうは思うものの、自分の中に迷いが生じていることを、セリスは自覚していた。
(アルザイ様に言えば、ただでさえマズバルが危機にあるときに月の国を助けて欲しいという懇願になってしまう……。どんな言い方をしても、そう受け取られる。ラムウィンドスに言えば)
そこでセリスは、強い日差しの下、一度立ち止まって瞑目した。
言わなければならないのは、頭ではわかっている。
言って、「だめです」と叱ってもらわねばならないのだ。
――サイードを、説得しに行ってみたい、だなんて。
確実に反対されるし、まず間違いなくものすごく怒られる。
月の国からマズバルまでの道のりを踏破した実績に鑑みて、実行の恐れありとみなされた場合、監禁されかねない気もする。というかほぼ確信している。
あの無表情に近い秀麗な顔に怒気を漂わせ、鋭い眼差しで射殺してくると思う。
わかる。
自分がやろうとしていることは、おそらく完全な間違いだ。ラムウィンドスは絶対に許さない。
(だけど……。これは月の国の問題なのだから。月の国の人間であるわたしが動くことを、他国の軍人や王に止める権利はない)
食客としてお世話になってきた恩はあるが、それでも意志を捻じ曲げられるいわれはない。
理屈は一応、通る。
緑なす中庭の、敷き詰められたタイルの上を歩きながら、セリスは俯いて頭を抱えていた。
明らかに間違いで、関係者全員に反対されて、ラムウィンドスを激怒させるとわかっていることを、やってみたいだなんて。
しかももし実行に移すとして、セリスのわがままに付き合ってくれるアテといえば、一人しかいない。
自分の命だけならいざ知らず、あれほど忠実な部下であり、気の置けない兄のようなひとで、長い道のりを共に旅してきた紛れもない仲間であるアーネストを危険に晒すなんて。そんなとんでもない。
頭ではわかっているのだ。
わかってはいるのだが、今少し考えたい。せめて今晩ラムウィンドスに会うまでは。その時になれば頭が冷えているかもしれないし。
「冷えて……」
馥郁たる緑陰に目を向けて、セリスは暗澹たる吐息をついた。
(……ラムウィンドスの顔を見てしまったら、離れ難くなってしまう……)
彼のそばを離れる決意が鈍った結果、サイードを説得しに行きたいという考えが変わったように思えても、自分が心の底から納得しない限りは、ずっと燻ったままになるだろう。
(まずは、ナサニエルが何者か。きちんと情報を得なければ。あの人は、本当にわたしをサイードの元へ導いてくれるというのでしょうか。見極めねば)
迷いを振り切るように歩き出したそのとき。
姫君、と知った声に呼ばれた。