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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【間章】 幼き日の邂逅
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君の名は(4)

「寒いのか? ……ん。その服、濡れてるんじゃないか?」


 頷こうとした拍子にくしゃみをもうひとつ。

 一度気付いてしまうと、どんどん寒くなってくる。


「もう夜だし、子どもが出歩く時間じゃない。帰った方がいい。まさか本当に月から来たわけじゃないんだろう? その髪ってことは王家(ゆかり)の子どもだよな。見かけない顔だけど、王宮に出入りしている貴族か。子どもの足でずいぶん来たな。ここ、本来は立ち入ってはいけない場所なんだぞ。なにせ、もうすぐ行けば離宮だ」


 離宮という単語を聞き、セリスは俯く。

 こらえきれずに続けてくしゃみを三回。


「王宮までは送るが、そのあとのことは……とりあえず名前だけでも教えてくれ」

「セリス」

「セリス? 幸福の姫君みたいな名前だ。離宮の」


 そこで、不自然な沈黙が訪れた。

 雨の音は聞こえない。足元からは水の匂いが立ち上っていた。


「……離宮の姫か?」


 先ほどまでの明るい雰囲気はすっかりなりをひそめた、低い声だった。その声の調子に少しだけ戸惑ったものの、セリスは歯をかちかち鳴らせながら、結局頷いてしまった。


「そうか。あそこは男子禁制のはずだからな。送ったらかえってマズイのか……?」


 呟きの合い間に、セリスのくしゃみが入り、その人は唸り声をもらした。


「ダメだ。まず送る。近くまで行ったら俺は引き返すから、ひとりで帰るように」

「それは、ダメだわ。絶対にダメ。帰りたくはないの」

「こんな時間にこんな場所にひとりでいる以上、まともな理由じゃないだろうな」


 ため息のあとに、手首を摑まれる。

 帰されるのだと悟ったセリスは、振り切ろうとし、力いっぱいに腕を引いた。予期せぬ反応だったのか、焦った気配が伝わってくる。逃れられるかもしれないと思ったセリスはさらに暴れ、その人は掴んだ手に力を加えてきた。


「いやっ」


 叫んだのと、カンテラが地面に落ちて光が消えたのが同時だった。

 突然の暗闇にさらに恐慌をきたしたセリスが暴れれば「落ち着け」などと繰り返していたその人もしまいに業を煮やしたらしい。強く引き寄せられた。バランスを崩したところで、地面に膝を突いていたその人の胸に背がまともにぶつかった。そのまま両腕で押さえつけられ、手足や身体の自由がきかなくなる。


 しばらくの間は暴れようとしていたセリスも、徐々に抵抗をやめた。すると、腕の力が少しだけゆるめられる。そのときには、もはやセリスは動く気が失せていた。

 背中が、ひどく温かかったからだ。

 長い沈黙があった。やがてセリスの震えが完全におさまった頃、低い声が耳に流れ込んできた。


「落ち着いたか」

「うん。……あったかい」

「それは、まぁ。俺の身体にもいちおう、血が通っている」


 なにやらふてくされたような早口で言われて、セリスはつい笑ってしまった。


「太陽のアスランディアだから、あたたかいのね」


 言ってしまってから、また怒り出すかと思った。

 返答はなく、沈黙だけがあった。

 ややして、感情の失せた声が呟いた。


「俺がもし本当にアスランディアの民だったら大変だぞ」

「アスランディアのたみ?」

「アスランディアが滅びたのはイクストゥーラが裏切ったせいなんだ。だから、いまでもアスランディアの民はイクストゥーラを憎んでいる。月の恩恵を受けた王家の銀の髪なんて、本当は見るだけでむかつくんだ」

「本当に? わたしの髪も、銀の髪よ?」

「そうだな。一目で王家の人間とわかるよ。だから……、アスランディアの民には気をつけるんだ。もしこの先出会うことがあっても、絶対に気を許してはいけない。そいつは姫のことを憎んでいるかもしれないから。姫を傷つけようとするかもしれない」


 段々、声が遠のいていった。

 暗くなったのと、温かくなったせいで、急速に眠気が襲ってきてしまったらしかった。

 いまねてはだめ。

 そう思っているのに、身体は意思に反して意識を手放してしまった。


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✼2024.9.13発売✼
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