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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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街と人と(後編)

 浴場が使えると聞いて、久しぶりに汚れを落とし、用意してもらった着替えに袖を通して自室に戻ろうと王宮の廊下を歩き出したところで。

 ライアは、待ち構えていたイグニスに捕まった。

 壁に寄りかかって腕を組み、うつらうつらと揺れていたくせに、素通りしようしたらあっさり見つかってしまったのだ。

 藍色の貫頭衣を身に着け、適当に腰布を縛っただけの簡素な姿で、燃えるような赤い髪はまだわずかに湿っているように見えた。

 

「寝よう」


 開口一番。

 もちろんそれが言葉通りの意味なのはよくわかる。

 たったそれだけの声掛けなのに、舌がもつれているのだ。本当はもう、指の一本を動かすのだって辛いはずだ。


「寝なさいよ。止めないどころか、王宮中が推奨しているわ」

「一緒が良い」

「……と、言われても」


 言われるような気はしていた。実際、真っ赤に充血した目で切実に死にそうな声で言われると、無下にしづらい。ライアにはその申し出を受け容れる義理はないのだが。

 結局、すぐには応じることができずに躊躇っていると、イグニスに手を掴まれた。


「絶対嫌なら振り払って。あなたを部屋まで連れていきたいだけ。私は床で構わないから、寝台で寝て。あなたもろくに寝ていないんだから」


 呂律がまわらないあやしい調子で言いながら、先に立って歩き出す。


 その手を――


 ライアは、結局振り払えないまま、やや遅れてついていく形になったが。

 部屋に着く前にイグニスの動きが鈍り出したと思ったら、ついには立ち止まり、ふらりと倒れかけたので慌てて支えることになってしまった。


「嘘でしょ!! せめて部屋までは起きていて!! ここまだ廊下だから!!」


 精一杯声を張り上げ、可哀そうだとは思いつつ耳元でも大きめの声で呼びかけ、なんとか意識を繋ぎ止めて部屋まで引きずっていく。

 そのまま、使った形跡のない寝台に、男の身体を投げ出そうとしたところで。

 もはや眠りに落ちている体が寄りかかってきて、避けきれずに供に寝台に倒れこんでしまった。

 逆であればいかようにもできたであろうが、困ったことにライアが下敷きとなりイグニスが上である。


(抜けられない……っ)


 どうにもできない。

 顔の横に顔があり、耳のすぐそばで、すうっと安らかな寝息が聞こえた。


 見た目は結構細いと思っていたが、それなりに重い。骨と引き締まった肉の、男の体。

 少しだけ息苦しくて、なんとか楽な体勢になろうと身じろぎはしたが、やはり下敷きにされてしまえば抜け出すことまではできなかった。

 さらには、著しく眠気を誘うような温もりがある。

 髪や肌に香油でも使ったのか、ほんのりと爽やかな香りが立ち上っていた。


(どけられないし。寝ちゃったし。もう仕方ないか)


 疲れ切っていたのも、眠たいのもライアも一緒だったので。

 乗り上げたままぴくりとも動かないイグニスの背にそっと腕を回して目を閉じた。

 待ち構えていたかのように眠気が襲い掛かってきて、意識はほとんど一瞬で途絶えた。


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