街と人と(前編)
瓦礫の撤去作業をしていた男たちが、ふっと顔を上げた。
「手の早いのがいるようだ。昨日よりずっと進んでいる」
ラムウィンドスがよく透る硬質な声で言うと、走り寄ってきた作業の責任者とおぼしき男が破顔する。
破壊された上に燃やされた個人宅の並ぶ街路の一角。
思ったより人手を集められているようで、崩れた邸宅から次々と瓦礫が運び出されていた。
「連中、退却を見据えて浮足立っていましたからね。それほど時間もなかったんでしょう、建物の被害はどこもそれほどでは……。まぁすぐに建て直しますよ」
「頼もしいことだ。その調子で続けてほしい。とはいえ、この後の時間帯は陽射しもきつくなる。皆、休むときにはしっかり休むように」
ラムウィンドスは、広く周囲に聞こえやすいように、声に張りを持たせて遠くまで響かせる話し方をする。
おそらく意識的なもの。平時より上に立つ者であり、なおかつ自ら戦場に赴く総司令官として、人の注意をひく発声は体得しているのだろう。
付き従っていたラスカリスは、少年二人に目を向ける。
無言のまま、二人ともラムウィンドスの一挙手一投足を追いかけている。
目を奪われるのだ。
(初めて会ったときも、あの無表情からは想像もつかないほど明るく笑う男だとは思ったが……。また、何があったのかねぇ。雰囲気が柔らかくなった……か? 余裕があるというか、落ち着いているというか)
戦時下の張りつめた空気など寄せ付けない、精神の安定を感じさせる。
決してとっつきやすそうには見えないというのに、彼が姿を見せるだけで、どこに行ってもすぐに人が集まってくる。それは、単純な上へのこびへつらいなどといったものとは、根本的に違うものに見えた。
彼と話したい。少しでも、その声を聞きたい。そう考えている者が多いのだ。
羨望にも似た思いを乗せて、多くの目が吸い寄せられるように彼へと向かう。
アルファティーマ陣営において、彼とよく似た人物を間近で見続けてきたであろうエルドゥスの目にも、はっきりとそれは浮かんでいる。
(血筋と言ってしまうのはあまりにも簡単で……。だけど、それだけじゃないのがわかるから、なぁ)
かたや、草原の剣鬼として、生まれも育ちも違う者たちを率いて、立ちふさがる者を屠り続けた故王国出身の剣士サイード。
そして、今目の前に立つ彼もまた、滅びた祖国から落ち延びた先の月の国で軍人となることを選択し、かつ今はこの都市で武勇で名を上げている。
ともに、滅びと血と死の道を走り続けてきたはずだ。
そうでありながら、二人ともその佇まいに圧倒的優美さを漂わせており、決してただの剛の者では終わらない。
その証のように、こんなにも穏やかな微笑みで人を惹きつけている。
ラムウィンドスは少しばかり、責任者の男と話し込んでから三人の元へと戻ってきた。
会話に耳をそばたてていたらしいロスタムが、なぜか渋面でぼそりと言った。
「作業工程に詳しいんだな」
「地下水路事業の指揮に入ることがあって、いくらかは覚えた。ま……、実際の作業というよりはこういう場での人の使い方が主だが。戦場とは勝手が違う」
すらりとなんでもないことのように言い終え、頭布の白い布をなびかせて早足で進んで行く。
大きく目を見開いて見ていたエルドゥスが、はっと息を飲んでその後に続いた。
「なんだお前。そんなにあの男が気になるのか」
後れを取らぬように肩を並べながら、ロスタムが面白く無さそうに言った。エルドゥスは、夢見るようなまなざしでラムウィンドスを見つめている。
「お前は気にならないのか? サイードもだが、あの人も普通の器じゃない。俺は隊商都市の長にはまだ会ったことはないが、よくあんな人を配下として使っているものだと思う。それほどに……」
ロスタムが思い切り足を振り下ろして、踏みつけた。にじっと、念入りに。
「んがっ!? 踏んだぞこら!!」
「悪い。足が勝手に」
「明らかに狙っただろ!!」
「狙ったのは足で、オレじゃない」
堂々と言えばまかり通ると頑なに信じているのでは、というほどの詭弁だった。
もちろん、エルドゥスは噛みつく勢いで文句を言っている。
それを見ながら、ラスカリスは「ああ……」と思わず声をもらした。
おそらく今この場で、エルドゥスだけが知らないのだ。誰も教えていないがゆえに。
マズバルの長、砂漠の黒鷲ことアルザイと、ロスタムの関係について。
(会ったら驚くんだろうなぁ)
言っておくべきかな、とちらりと考えたが結局ラスカリスは口をつぐんだ。
どうせすぐにわかることだから、と。