呼び出し(後編)
「待たせたな」
三人が揃っていることなど当然とばかりに、ラムウィンドスは鷹揚に言った。
「待ちくたびれた」
ロスタムは顎を引き、相手を見据えてやや強い調子で言う。
「浮足立つにもほどがあるだろう。対応しきれないから待てというから待ってはいたが。俺かこいつ、どちらかに悪だくみがあればとっくに何か引き起こしていたぞ」
こいつ、と言われたエルドゥスが心外そうに目を見開いてロスタムを軽く睨みつけたが、ロスタムは絶対にそちらを見ない。
目元に笑みを滲ませて耳を傾けていたラムウィンドスは、抑制のきいた穏やかな声で言った。
「その時はその時だ。アルスが去った後だ。なんの対策もしていないと思うなよ」
ロスタムはすっと目を細める。
「はったりだ。アルスはオレを後継に指名していったからな。この神殿のことは出来る限り調べた。王宮からオレに監視はついていなかった」
(なんだか機嫌が良さそうな……、ん!?)
ラスカリスは、やりとりをするラムウィンドスぼんやりと見つめていたが。
その視線がすっと流れてきて、自分を見たのを感じて目を瞬いてしまう。
「なんですか総司令官殿……。その……」
「宰相殿から、護衛官殿のことは存分に使うようにと」
ふへっ、とラスカリスは変な笑みをもらした。
「人材足りてないにしても、あてにしすぎでしょう……」
(まさかイグニスの世迷い言を真に受けて、この「曰く付き」の二人の監視やら護衛を帝国軍人である俺に一任……。一任するとの連絡らしい連絡もなく一任……)
ラスカリスは脱力しながら不条理を噛み締め、ラムウィンドスの顔を見た。
「それで、うちのイグニスは元気ですか」
「寝ているはずだ。午後の会議までに少し休んでもらわねば困る。最近、結婚の話しかない」
「結婚……? 無理でしょう。自分でもずっと言っている。『唯一無二の女性を君主に戴いてしまった者の常として、婚期はこれからも逃し続けるだろう』と」
すらっと言い終えてから、エルドゥスの視線を感じて、軽く前髪をかきあげつつ言い添えた。
「べつにイグニスは我が君に懸想しているわけじゃないですよ。ただこれは『自分の命より大切な女性がいる男と、愛を睦み合う女性は地上にいないだろう』という意味です。本人曰く、愛の無い不幸な結婚はしたくないのだそうです。イグニスは常に陛下を第一に考えて動いてしまうので、自分が望むような愛情の濃い女性の理解を得られないと考えている」
くだらない話をしているな、と気付いて口をつぐんだ。
ロスタムにはなんの興味もないことだろうし、エルドゥスとて了解しているはず。目の前の太陽みたいな男にも関係のない話だ。
だというのに、ラムウィンドスは唇に笑みを浮かべた。
彼の血縁であり「剣鬼」と畏怖をこめて呼ばれる存在ながら、荒ぶるところのない秀麗な面差しをしたサイードを彷彿とさせるその顔が、ほんのりと甘やかな印象になる。
「イグニス殿は存外に、不器用な性分とお見受けするが。であるのならば、あれは本気の恋なのだろう」
硬質ではあるが、温かみのある声であった。
その声、言われた内容に、ラスカリスはしずかに瞠目して息を飲む。
茶化すでも馬鹿にするのでもなく、あの男の面倒くささを受け入れたようなことを言っている、と。
イグニスという男は、その口の達者さや判断の早さ、鋭い洞察力といった溢れる才智に見合わぬほど、芯は純朴な理想主義者である。
常にそばにいるラスカリスでさえ、いささかその強情さ加減に閉口したくなるほどである。
「恋ですか……。あのイグニスが」
言葉を詰まらせたラスカリスに微笑みを向けてから、ラムウィンドスは踵を返した。
肩越しに振り返り、少年二人に視線をすべらせる。
「街の視察をしながら王宮に戻る。ついて来るように」