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世界で一番安全な二人(1)

 晴れて王宮に向かうことになるという朝。

 寄木細工のはまった窓から差し込む光の中、鏡に向かい、髪に櫛を通してもらいながら、セリスは鏡の中の自分を見つめる。緑の瞳が、不安そうに自分を見返してきた。


 繊細なレースや真珠の刺繍で彩られた長衣(カフタン)は、一人では着付けられないほど複雑な意匠。節目の行事にしか着ないような豪勢なもの。

 華奢な肩にふわりと流れるのは、銀の髪。(イクストゥーラ)の王家の証。

 セリスは不安に細かく震える指を組み合わせ、鏡越しに侍女のマイヤに声をかけた。


「……考えてみたのだけど、やっぱり、無謀だと思うの」

「そうですねえ……」


 答えるマイヤの手も、同じところばかり行ったり来たりしている。

 櫛が、細かく頭を叩いていて、痛い。


「マイヤ、櫛はもういいみたい。あとで自分でする」


 マイヤはぼんやりと「そうですねえ」と言ったきり、動かなくなった。その様子におおいに不安を覚えつつセリスはそっと打ち明けた。


「わたし、生まれてこの方十五年間ひきこもりっぱなしだったのよ? お、男の人、男の人なんて会ったことないのよ? それなのに、いきなり王宮に行くなんて……」


 途端、マイヤは櫛を鏡台に置くと、がばっとセリスの手をとった。


「姫さま、不安なのはわかります! 私も怖いです!」


 真っ青な瞳が本気の恐怖に満たされていて、セリスもまた必要以上に動揺した。


「ちょ、怖いってマイヤ。マイヤまで怖がらないでよ! マイヤは離宮にあがる前にご家族と暮らしていたんでしょう? お父様と弟さんがいるって言ってたじゃない! 休暇のたびにおうちに帰るし……」

「それとこれとは別ですわ! 姫さま、王宮っていうのはこの離宮の何倍も広くて、偉い方がたくさんいて、姫様みたいに楽な方ばかりではないのでしょう!? ああ、不安で不安でいても立ってもいられません!」

「……わ、わたしは『楽な方』ですか……」


 ふと振り返ってみれば、鏡の中の姫君(セリス)は、口の端をひきつらせて笑みらしきものを浮かべていた。笑えるなら大丈夫なんだと思っておいた。表情はひどく硬かったけれど。


「マイヤ、王宮に行っても、助け合って生きていこうね」

「勿体ないお言葉ですわ、姫さま」


 セリスは一の侍女で長く友人として過ごしてきたマイヤとしっかりと手に手を取り合って頷きあった。

 そのとき、ノックの音が室内に響いた。マイヤは素早くエプロンを翻してドアに向かう。


「姫の部屋は、こちらでいいのかな」


 セリスは、聞きなれぬ声に慌ててドアの方を見やった。

 不思議な声だった。

 いつも聞いている女官達の声とは、明らかに違う。

 振り返ったマイヤが、青ざめて小声で言った。


「姫様、男の方です!」

「ど、どどど、どうして男の人が離宮にいるの!? いないと言って!」


 焦りすぎて、声をひそめるというのをすっかり失念してしまった。マイヤがドアに向かったときに、押し殺したような笑い声が耳に届いた。



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