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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
199/266

彼と彼女と彼(前編)

 うつくしき砂漠の真珠、隊商都市マズバル。


 交易路の要衝として爛熟の兆しを見せるも、東国からの隊商に紛れた草原の剣鬼を壁内に招き入れたことによって、かなりの深手を負ってしまっていた。

 街は焼かれ、略奪の憂き目に遭い、市民生活は混沌として光明を見出すのも今はまだ難しい。

 この機を逃さずに台頭する都市があらば、新たな交易路が敷かれ、商人や旅人も寄り付かなくなるかもしれないという不安の声も上がりつつある。

 砂漠の黒鷲として名を馳せる、当代の長アルザイの治世を混沌に陥れた、手痛い出来事であった。


 地に落ちた「交易路の守護者」としての評判を取り戻すのは喫緊(きつきん)の課題であり、都市の再建だけでは足りぬとの見方に、アルザイ以下主だった者で異を唱える者はいない。



「要するに、落とし前をつけるってことだよ。サイードを生かして帰してしまったのがまずかった。今後、いかにマズバルとて、座して攻め込まれるのを待つわけにはいかない。打って出ることも当然、黒鷲の視野には入っているはずだ」


 王宮の一角。宮仕えの者が全員で揃って食事をとるわけにはいかないので、各自仕事や持ち場との兼ね合いで交代に食事をとれるようにと解放された食堂にて。

 絨毯の上に皿を並べて思い思いの場所で食事を取る者たちもいる中、成り行きで顔を合わせた五人は、部屋の隅の低い長卓に皿を並べて、向き合っていた。

 

 セリスとアーネスト、ライアとイグニスが並んで対面で座り、角席にはエスファンドが位置取る。

 血走った目が潤み、時折手の震えるイグニスなどはどこからどう見ても正常ではないのだが、しゃべりだけは矍鑠(かくしゃく)として淀みなく、すらすらとマズバルの現状や今後を語っていた。


「打って出るというのは、アルファティーマを直接叩きに行くということですか?」


 ミント水の入ったコップを手にしたまま、セリスがイグニスに問いかける。


「そういうこと。いずれ、サイードを討たないわけにはいかない。なぜならあれは太陽の、砂漠の人間だからだ。この上、あれに月の国まで落とされることがあってみろ。砂漠は完全に草原になめられる。おっと、君は月の出身だったか」

「構いません。月が弱体化しているのは事実のようです。わたしは『知らない』ことがとても多いので、教えて頂けるのはありがたいです」


 凛と澄んだ声で告げたセリスに対し、イグニスはしまりのない笑みを浮かべた。

 アーネストが嫌そうに目を細め、これみよがしに溜息をつく。

 それが耳についたようで、セリスが横を向いた。


「食べてます?」


 すぐ横のアーネストにだけ届く音量で、穏やかに声をかける。

 アルガンオイルと蜂蜜、ナッツを混ぜたペーストに手を伸ばし、薄く焼いたパンに塗って差し出した。

 それはごく自然な仕草であったが、軽く目を瞬いてから、アーネストがこの上なく優しい笑みをこぼした。


 本来であれば主筋にあたるセリスが部下に対してするようなことではない。だが、長旅で主従であることを隠し寄り添って生きてきた二人には、さして意味を持たぬ、普通のことなのかもしれない。

 少なくとも、セリスにとっては。

 周りが自分にしてくれることを、自分も当たり前にしているだけのようであった。

 

 その時、不意に空気が揺らいだ。

 ざわめきとともに、張りつめたものが辺りを覆っていく。

 塩漬けのレモンを口に運んでいたエスファンドが、片目を眇めて真っすぐに向かってくる男を見る。


「セリス……」


 ライアは、()に背を向けて座している少女の名を、思わず口にした。


          


 

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