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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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交差する道(後編)

「『帝国の炎』なんや知らんけど、少し落ち着いたら?」


 耳に覚えのある、癖のある発音。


「わぁ、美人。何その顔どうなってんの。彫刻にしよう、彫刻。ああ、なんだっけ、私? 私はこう見えていますごく落ち着いているよ。戦略的に生きてる。いまの会話聞いてた? 私が同情ひくほどよれよれで、彼女は判断力がない。求婚押し通すなら今しかなくない? だから求婚してるんだって」


 イグニスの口の減らなさにも、ここ数日ですっかり慣れてしまったのだけど。


(本気か、冗談か。全然わからないの)


 仕事の合間を縫って、何度も「帝国に一緒に行こう」と誘われている。

 遥かなりローレンシア。

 見果てぬ夢のように語られるその国は、今や命運尽きかけの風前の灯と聞く。いくらイグニスの故国とはいえ、そんな危険な地へ同行を願われるなんて、そこにあるのはおよそ色恋とは遠い打算なのだということはわかる。


(とはいえ、「砂漠の真珠」マズバルも明日は知れぬ有様……。この地上に安全な場所なんて、どこにも無いのかもしれないけれど)


「あんなぁ、炎さん。目の隈すごいで。食べるだけ食べたら寝とき。この王宮では部外者なんやろ? オッサンに恩売るつもりなら、もう十分や。あとはこの国の人間を働かせておけばええんやで」

「沈みかけの隊商都市(マズバル)に、使える人材いるかな」

「おるおる。気持ち良ぉ寝て楽しとるラムウィンドスって奴が。あいつを使い潰しとき」


 イグニスは、燃える炎のような赤毛を忙しなく指で梳きながら呟いた。


「サイードの甥御か」

「ほんまや。しっかり頭働いてるやん」


 アーネストが、声をたてて笑った。


(よく寝てる奴を使い潰せって、アーネストはアーネストで私怨でしょう、それ……)


 イグニスの求婚からかばってくれたのは嬉しかったが、会話の不穏さにライアは遠慮なく溜息をつく。

 聞きつけたように、不意にアーネストが振り返った。


「休んでないの?」

「そういうわけでは。それなりに……」


 見上げたら、顔をのぞきこまれた。

 うつくしすぎる瞳に、汚れきった自分が映りこむ恐怖に襲われ、目が合った瞬間に横を向く。

 心臓がはねた。

 イグニスに見られるのとは、訳が違うのだ。


「わたしたち、これから朝食をとろうと話していたところなんです。一緒にいかがですか?」


 セリスの涼やかな声が響く。


「そのつもりで出て来たのよ」


 机にかじりついているイグニスを気分転換と称して連れだしてきたのではあるが。

 いざ誰かと食卓を囲むには、どうにも薄汚れすぎている気がする。


「なに気にしとるのか知らんけど。かまわへんよ。この王宮につめている人間、今はだいたいみんな薄汚れているし。そもそも砂漠の旅していたら身体を清められないのなんて普通っちゅうか」


(それはそうなんだけど。セリスはずいぶん小綺麗にしているように見えるんですけど)


 さすがにそれは「お前だけ楽をして」と邪推になりかねないと言えなかったのに、何を察したのかアーネストがひょいっと身体を傾けて耳打ちをしてきた。


「うちの姫さまは逢瀬の後やからな。肌艶まで違う。気にしたら負けや」

「……わたしはまだ何も言ってない」


 逢瀬の事実を気にしているのはアーネストでは、と言外に含ませてみる。アーネストは苦々しい顔で片目を瞑ってみせてから離れていく。

 セリスに視線を向けると、ライアとアーネストの間でどんな会話があったか知らぬセリスは、きょとんと首を傾げて見返してきた。


(逢瀬の後……肌艶)


 直截的な表現こそなかったものの、今更ながらにアーネストが何を言わんとしたか実感が伴ってきてしまい、頬に血が上ってくるのを感じた。


「ライア? お腹空いてませんか?」


 律儀に問いかけてくるセリスに辛うじて頷き返してから、すでに歩き出していたアーネストの上着をすがるように掴む。

 肩越しに振り返ったアーネストが、口の動きだけで告げて来た。


 ――未遂やで、あの男。


 その笑みは実に悪童めいていて、目を奪われてしまう。

 呆然として呼吸すら止めていたライアの背後から、イグニスが鬱陶しいほどにしがみついてきた。


「もうやだ。無理。働く気なくなった。食べよう。そして寝よう」

「お前なぁ」


 嫌がってんで、と言いながらアーネストが引き返してきて、イグニスをライアから引きはがす。おとなしくひきはがされたイグニスは、今度はそのままアーネストにしがみついていた。


「今日の朝ご飯は何かなぁ」


 すべてのやりとりを意に介した様子もなく、エスファンドが歩き出し、怪訝そうに皆を見守っていたセリスの背に軽く手をあてて歩くのを促す。

 気にした様子で、セリスが振り返っていたので、ライアは意味なく微笑みかけた。


(何もかも、あたまが働いていないのが悪い。これはもう、みんなのいうとおり、今日は食べて寝ちゃおう。面倒くさいことかんがえるのは、そのあとで)


 ぐずぐずしていられない、とライアもまた歩き出した。

 セリスの横顔が、ホッとゆるむ。それを見ながら、しみじみと思いを馳せてしまった。


 逢瀬の後、かぁ。

 と。


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✼2024.9.13発売✼
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