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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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交差する道(前編)

 道の先に賑やかな一団を見つけて、ライアはほっと息を吐いた。

 すぐに、キリキリと胸から胃にかけて痛みを覚えた。


 一人は、砂漠の民とは色合いから顔の造作まで趣を異にする青年。ターバンからこぼれた髪が、不機嫌そうな眉にかかっている。唇の動きは忙しなく、きっと今日も小言三昧だ。

 彼ほどうつくしいひとを知らない。今は会いたいけど、会いたくないひと。

 彼は、邪気の無い表情で彼を見上げて何か言っているセリスを、渋面で見下ろしている。

 その二人の横には、のどかに欠伸をしているエスファンド。


(朝一で会うには、濃すぎるメンツだわ……)


 胸の前で拳をきゅっと握りしめて、ライアは小さく吐息した。

 セリス一人ならともかく、胸やけを起こしそうな組み合わせだと思う。

 そのせいだ、少しだけ気が重いのは。


「おっと。あれは並ぶ者なき天才のエスファンド先生じゃない。会いたかったなぁ。本当に会いたかった」


 ライアと肩を並べていたイグニスが、馬鹿明るい声で言った。

 視線を向けることなく、ライアはずきりと痛んだ側頭部を手でおさえる。幻覚ではない。


(このひともこのひとで……。なんだか、あたまが痛い)


 実際には、身体中どこが痛いのかよくわからないくらいどこもかしこも痛い。

 要するに不調を極めているわけだが、泣き言を口にすることはできない。

 それもこれも、横で壊れたようにケタケタ笑い声をたてているイグニスのせい。


「いい加減、あなたは寝なさいよ。意地になって働きすぎなのよ」


 ぼやくと、イグニスが笑い過ぎて涙の滲んだ目で見返してくる。


「休み時を逃した」

「見てればわかるけど」


(わかっているけど)


 ローレンシアの宰相、イグニス。「帝国の炎」と呼ばれる、少女皇帝の腹心。

 皇帝直属の密命を帯びて本人が隊商都市(マズバル)まで足を延ばしていたというのも驚きなのだが。アルザイと対面した折に、威勢の良い売り言葉に買い言葉で助っ人を買って出たせいで、本当に三日三晩寝ずに走り回っている。

 皆が寝静まってからは都市の再建計画まで書き散らかしているのだ。要清書の悪筆で。


 ライアには、そこまで付き合う義理はなかったのだが、イグニスは放っておけば食べ物や飲み物も口にしないので、適宜捕まえて口に押し込む役割に徹していた。王宮の巷では「猛獣の餌係」の異名をほしいままにしていると聞く。どうでもいい。

 ライア自身は、イグニスの横で補佐をしつつも休憩はとっていた。

 もっとも、「人間は立ったままでも寝られる」という知見を得てしまっている以上、ライアの休憩の質も、推して知るべしではあるが。


 ちょうど道が交わるところで、三人組と合流する。

 セリスが薔薇色に染まった頬に笑みを広げ、アーネストは目を細めて小さく頷いてきた。

 エスファンドはといえば、黒目がちな目をおおいに輝かせ、口の端を釣り上げたところだった。


「そこにいるのは『帝国の炎』なんて大層な二つ名のイグニス殿か。これはまた不健全な面構えをしている。さては寝ていないな? 寝ないと人間は死ぬんだぞ。消える間際の蝋燭みたいにはしゃいでいるが」


 蝋燭って、はしゃぐのかなぁ、とライアはまわらない頭で考えた。


(エスファンド先生って、天才だし、たしか詩人でもあるはずだし、この人が言うなら間違いじゃないのかもしれない)


 蝋燭は、はしゃぐ。

 ライアは極めて単純なことしか考えられなくなった頭で「うんうん、正しい」とぞんざいな判断を下し、わきあがってきた欠伸を逃しきれずに両手で口元をおさえた。


「あはははは、エスファンド先生面白いです。それってつまり『消える間際の帝国の炎』ってことですか? 消えるのは私かな、帝国かな。あはははは、どっちもあってます。消え……はぁ。早く帰らないと。本当に祖国が燃え尽きて消えちゃう」


 ゲラゲラ笑ったかと思うと、急に沈み込んで肩を落とすイグニス。

 欠伸で滲んだ涙を指ですばやくぬぐって、ライアは呆れながら背中をさすった。


「情緒不安定すぎよ。だから休みなさいよって言っているのに……。自分で言ったことに自分で落ち込まないでよ……」

「ああ、ありがとう。優しいねライア。やっぱり君は私の運命の女神だよね。結婚しよ?」

「落ち着いて。頭死んでいるときに、ゴミくずみたいに投げやりな求婚をぶつけられても」

「頭死んでる? 私が? ライアが? 頭が死ぬってどんな感じ? まともな判断力がないってこと? それならそれでいいや。判断力戻ったら結婚してくれないでしょ。いま結婚しよ?」


 ライアもイグニスも、ここ三日、まともに顔も洗っていない。着の身着のままだ。

 あまり近寄らないでほしい、という意味を込めてライアは腕を突っ張っり、イグニスを押しのけようとする。

 そのつもりだったのに、指が触れたのは、身体ごと間に割り込んできたアーネストの背中だった。



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