耳飾りの因縁(後編)
「あの男、両目を潰して息の根を止めて首を刎ねておくべきだった」
(息の根を止めた時点でお亡くなりになってると思うんですが、念入りですね?)
「ラムウィンドスによく似ていましたよ?」
「だからですよ。自分の死に顔を生前に見る機会なんて普通ありませんから」
「それは……、無いですね」
(見たいんですか?)
聞きたいことは多々あったが、ラムウィンドスの唇に物理的に攻められて疲弊させられた舌がもつれてうまく喋ることができない。
「あの男が、あなたを見て何を考えたか、大体わかります。似ているのは顔だけじゃないんですよ」
妙な力強さをもって断言した後、ラムウィンドスは唇を引き結んで押し黙った。
セリスの怯えを浮かべた目や、濡れた唇、貫かれて穴を穿たれた耳朶へと視線を巡らせる。
その確認のようなまなざしを、緊張しながら受けつつ、セリスは小さな声で言った。
「イクストゥーラ、と」
「アスランディア気どりかあの男」
そのものアスランディアの化身にしか見えない太陽王家の青年が毒づく。
「あの方のこと。とてもお嫌いのように見えます」
「好きでも嫌いでもなかったですね。強いて言えばいま、大嫌いになりました」
らしくない子どもっぽい表現にセリスは目を瞬く。
(いま?)
本気できょとんとしているセリスに対し、ラムウィンドスは噛んで含めるように言った。
「敵だからといって、嫌いだから殺すのではありません。必要があるから手にかけるだけで、むしろ常にはそれほどの感情を挟まないようにつとめています。ですが、あの男に関してはそういうわけにはいかなくなりました」
セリスがその意味を問うよりも先に、ラムウィンドスに耳朶を摘まみ上げられた。
「あっ……」
痛みを伴い、思わず声を上げたセリスを見下ろしながら、ラムウィンドスは深々と溜息をついた。
「そろそろ行かねばなりません。髪をまとめて差し上げますので起きて。サイードの件……、もしやアーネストは」
「知らないんです。申し訳ありません。それは本当に……、本当にわずかな時間に出会ってしまって。わたしが。んっ」
ぎゅっと耳をつまんだ指先に力を込められて、短い悲鳴を上げる。
「痛かったでしょう。傷をつけられて」
詳しい情景など話していないのに、ラムウィンドスは過去の景色が見えているかのように、晴れぬ表情で呟いた。
「痛いです。あの時からずっと」
与えられた鋭い刺激に、瞳にうっすら涙がにじむ。
気づかれたくなかったのに、ラムウィンドスの目はすべて見透かしているかのようで、顔を横に向けた隙をつかれて眦を唇で吸われてしまった。
溜息のような、悩まし気な息遣いに申し訳なさが募る。
「昨日から。あなたの指や唇が、わたしのいろんなところに触れてきて。なんだか……」
「なんですか」
背中に腕を差し込まれ、抱きかかえるように起こされる。時間がないのは本当なのだろう。
されるがままに身を任せながらセリスは、ラムウィンドスの肩口に額を押し付けて囁いた。
「わたしの心以上に、触れられた部分がどんどん目覚めて、あなたを求めているように思います」
抱きしめられるたびに、自分の輪郭がラムウィンドスの腕や身体に溶けていく。
唇が触れるたびに、そこにはそういった甘やかな用途があるのだと知る。
指や手が身体をなぞるだけで、今まで知らなかった感覚器が開いていくかのようだった。
ラムウィンドスの腕が背にまわされるも、すぐに脱力したように離れていく。溜息が耳に届いた。
「あまり煽らないように。俺の理性にも限界がある」
「はい。申し訳ありません」
怒られたので素直に謝ったのに、髪の毛を撫でつけてきた手はこの上もなく優しく。
少しだけ忙しなかった。さすが怒っているだけある。
「本当に……、困ったひとだ。今後、隠し事はできれば避けてください。特にあの男に関することは。個人的な感情以上に、戦略的に重要な意味も持ちます。それと、報告はもう少し事務的に完結に。情感のある語りは……」
「要領を得なくて苦手、ですか? 気を付けます」
彼の普段の話ぶりを思えば実にもっともだと思いながら、セリスはハキハキと言って頷いてみせた。
髪の毛を手で梳いていたラムウィンドスは、曰く言い難い、うっすらと咎めるような目を向けてきて口を開く。
「必要以上に煽られるので、少々困るという意味で申し上げています。俺が、頭に血を上らせて前後の見境がなくなってはまずい」
今まであればそんなラムウィンドスは想像がつかなかったのだが、本人が言うからにはそうなのだろうと、納得する気持ちもある。
それほどサイードとの間には因縁があるのだとセリスは理解したつもりになり、強く頷いてみせた。
「よくわかりました。事実だけを、ですね。アーネストと別行動になったほんのわずかな時間にあの人と出会ってしまいました。親密な間柄でもないのに唇を奪われて、あなたのことを話題に挙げられて……。目を怪我していて、誰かを待っているようでした。場所や状況から考えるに、あれはアルス様が脱出経路を確保していた間の出来事ですね。あの方は、いずれ両目とも見えなくなるだろうとも言っていました。わたしは……、すみません。名を聞かれて名乗ってしまいました。月の人間だとは、はじめから気付いていたようですが。耳に耳飾りを刺した後に『月を見るたびにあなたを思うだろう』というようなことを……」
ラムウィンドスの顔からおよそ表情らしいものが完全に抜け落ちていた。
自分の説明が悪かったのかな、とひたすら反省しているセリスは、気付くのが遅れた。
彼が、かつてないほどに、壮絶な怒りを募らせていることに。