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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第六部】 征服されざる太陽
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耳飾りの因縁(前編)

 隠し事をしたのは、初めてかもしれない。

 正確には、これは隠さないといけない――自覚的にそう考えて、自発的に隠蔽を図ったのは。


(隠蔽……しきれていない)


 万全を期すなら捨てておくべきだったのだ、あの涙型の耳飾りは。

 捨てきれずに持っていたのは、打ち明けるきっかけを欲していたせいかもしれない。


 知ってほしかった。

 自分を、どこか遠くへと連れて行きそうな人に、見つかってしまったこと。

 それだけではなく、実際、言わないわけにはいかないことだった。


「姫。少しお伺いしたいことがあります」


 朝の光にかざして耳飾りを見ていたラムウィンドスが、低い声で言った。

 寝台に腰かけたままのセリスを、すっきり背筋を伸ばして高い位置から見下ろしてくる。

 その鉄壁の無表情の下に、およそ血が通っているとは思えないような感情の無い顔つき。

 物事の裏側まで見通そうとするかのような鋭利なまなざし。


(正直なところ、その目は少し苦手で、怖い。だけど……)


 手加減など一切なく切りつけてきそうな、鋼のように強いこの人のことを、心の底から好きだと再認識してしまう瞬間。


 「お伺いしたいこと」の中身は大体想像がついている。

 なおかつ、この無表情と低音はまず間違いなく怒っているということはわかる。

 わかるのだが。

 見つめ返して待っている間に、どんどん胸がいっぱいになってきてしまった。

 話の内容が内容だけに、政治的なことや戦略的なことなど色々絡んでいるのは重々承知をしていてなお、向き合って話そうとしている、その姿を見るだけで。


(無駄口を叩くつもりなんかなくて……、あのひと(サイード)に関する情報が必要なだけだと、わかっているのに)


 そしてそれを黙っていた自分が、ラムウィンドスの中ではかなり渋い立場になっていることも。

 だけど、彼に見つめられているという、それだけで。


 あまりにも熱心に見返してしまったせいか、ラムウィンドスがほんのわずかに表情を変化させた。

 よく見ていなければわからないほど微細な間隔分、眉を寄せた。


「姫……? 何を期待されているかよくわからないのですが。俺はいまこの耳飾りについて確認があります」

「はい。わたしもそのように考えていました」


 外しようがないとはいえ、読みがきっちり当たっていて、同じことを考えていたというだけで鼓動が早まった。

 その身勝手な興奮を悟られたらかなり相当神経を逆なでするのは理解していたので、必死に押し隠そうとする。

 それでも妙な喜びを漂わせたセリスを、ラムウィンドスは沈黙したまま見守っていたが。


「何か……、嬉しそうですね」


 声が、低いどころか凍てついている。


「決してそういうわけでは」


 ここは否定するところだ、と気を強く持ってセリスは断固として言った。

 しかし、疑いを持ってしまったラムウィンドスを振り切ることはできなかった。


「この耳飾りをどこで手に入れたのか、教えて頂きたいのですが」


 お伺いどころか確信を得ている表情。

 言ったら確実にお互い無事では済まないと理解しつつ、セリスは深く息を吸った。


「サイード、と名乗っていました」


 じっとセリスを見下ろしていたラムウィンドスが、ふっと天井を仰ぎ見るように視線を逃がした。


「いつ……」


 あの夜であるのは間違いがなく、どう言うべきか、セリスは言葉を選びあぐねて考え込む。

 アーネストがたまたま外している時に、不注意で出会ってしまったのだが、そうであるがゆえにこの件を知っている者はセリスだけなのだった。

 それも、セリスの願いによってアーネストとは別行動になっていたのだし、セリスが打ち明けなかったことによってアーネストは知らぬままなので、責められるとすればそれはセリス一人でなければならない。

 ラムウィンドスからアーネストへの信頼が、少しでも損なわれることなど、あってはならない。


「目を怪我していて。ほんのいっとき、身を隠していたようなんです」


 状況を思い出しながら告げると、ラムウィンドスは片方の掌でゆっくりと顔を覆った。

 殺しておくべきだった、と唇から声がもれた。


「何か言っていましたか」

「あなたが」

「俺が?」

「奥手だと」


 ラムウィンドスの視線が戻ってきて、受け止めるのに精いっぱいだった。

 責めるような、(なじ)るような。

 しまいに見つめていられなくなって、そっと顔を横に向ける。

 次の瞬間、寝台が人の重みに沈み込み、視線の先にはラムウィンドスがいた。


「どんな状況で? 何をされました?」


 セリスは目を見開いて、座って向き合っても視線が上になるラムウィンドスの瞳を見たまま、思わず。

 自分の指で、自分の唇に触れた。

 その仕草だけで、伝わってしまった。

 気づいたときには両方の手指に指を絡められて寝台に縫い付けられていて、天井が見えた気がしたがすぐに視界は塞がれていた。唇も。


 拘束されて、体重をかけられて、呼吸すらも奪われているのに。

 胸を締め付ける甘苦しさに溺れそうになる。

 ほとんど憎しみめいた強く剥き出しの感情をぶつけられているというのに、全身が陶酔に浮かされ熱に麻痺させられている。

 もっともっと、穿つほどに罰して痛みを与えて欲しい。

 身も心も奪いつくして、他の何者も入る余地がないのだと、確かめてほしい。


「あなたは」


 唇が離れ、焦燥を滲ませた囁きが耳を掠めた。


「……ご自分について、もっと知るべきです」

 

 身を起こしながら、ラムウィンドスの膝がセリスの腿にあたり、足をぐいっと割開かされる。

 いつになく鋭い視線に射られて、セリスは息も絶え絶えに掠れた声をもらした。


「申し訳ありません」


 自覚が足りない、という指摘だ。

 謝罪に対し、セリスの眼前でラムウィンドスはゆるく首を振ると、目を閉ざしてしまった。



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