表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/266

奇跡的な彼女(前編)

「鳥の卵を、目の前で孵化させたことがある」


 王宮の中庭にて、早朝出会った男は唐突にそんな話を始めた。

 まだ陽射しが強くなる前の時間帯。

 瑞々しい葉を茂らせた木の下で、幹にもたれてぼんやりしていたアーネストの横にさっさと腰を下ろすと、男は淀みのない口調で滔々と語った。


「何度親鳥の元に戻しても、兄弟たちに混ぜ込んでも、駄目だった。そいつは決まって私を探して追いかけてきた。仕方ないのでそのまましばらく一緒に暮らしていたのだが、成鳥になったそいつは私に求愛行動を仕掛けて来た。その時にようやく気付いたのだよ。この鳥にとって私はそういう対象なのか、と」

「……どういう?」


 鳥がついてきた? 求愛された? なんの話をしているんだ、この男。

 アーネストの相槌は、極限まで気の無いものだったが、男はまったく意に介した様子もなく続けた。


有体(ありてい)に言えば、最初は親と勘違いしていたのだと思う。だけど、一緒にいすぎたんだ。そのうちに、あいつは自分が鳥であることを忘れたか、もしくは私が人間であることを無視しはじめた。そして気付いたときにはもう……私しか見えなくなっていたんだ」

「大変やったねえ」


 どんな感想を言えばいいのかよくわからないあまり、適当にねぎらってしまった。

 男はやにわに、アーネストの肩に手を置くと、俯いた。

 かわそうと思えばかわせたのだが、殺気の類が一切なかったので、ついされるがままになる。

 そのまま、男の癖のある黒髪をぼんやり眺めていた。

 遠くで、人々が活動を開始したような物音や話し声がする。


(朝やなぁ……)


 眠い上に疲れている。それでいて変に冴えた頭を持て余して、アーネストは小さく吐息した。

 その時、ゆっくりと男が顔を上げた。


「という納得をしてみてはどうだ?」

「俺?」


(今、何か説得された?)


 アーネストは顔全体にありありと困惑を浮かべて聞き返す。

 男は、実に訳知り顔で何度か頷いてから口を開いた。

  

「初めて目にした男がラムウィンドスだったんじゃないか? マリクは生き物として少しおかしいところがある。なんだろうな……、見た目と中身の成熟度合に不具合があるというか。恋とか愛とか性とか知識が欠落してしまっていて、しかも誰にもそれを埋められないままきた感じというのかな」


 なんか言い出した。


(マリクって。というかラム――)


 それはもしかしてあのひとのことやなぁ、とようやく頭を働かせ始めたアーネストに構わず、男は饒舌に続ける。


「そのくせ、当たり前のように恋をしている。あの子を見ていると、あの時の鳥を思い出すよ。相手がラムウィンドスとは。あの男は、もとは月の国にいたんだったよな。月の王族のマリクとは顔見知りなのかとは思ったが、それにしては入れ込み方が尋常ではないし、あれだな。相思相愛というやつか。たしかに、マリクは可愛い。ラムウィンドスの気持ちはわからないでもない。だがマリクはなー。謎だよなー。私にかかってもあれは大いなる謎なんだよ。こんな一国をひっくり返すような美形の護衛の献身を受けながら、なんでラムウィンドス」


 たまりかねて、アーネストは男の名を呼んだ。


「あんたエスファンド先生、だったよな? ここに何しに来たん?」


 アーモンドのような形をした黒目を(またた)かせて、エスファンドは確信に満ちた声で言った。


「君をなぐさめにきた」


(ころしたい)


 ぐったりと木の幹に体重を預けて、アーネストは目を閉ざした。

 肩の上に置かれたエスファンドの手が、心底鬱陶しい。


「どうして、ラムウィンドスから奪わないのだろう。荒っぽいことが好きではない私でさえ、首を傾げているよ。奪おうと思えばいくらでも機会があったんじゃないか」

「ない」


 その返答の、拗ねたような響き。

 アーネストは自分でも気づいてしまい、嫌気がさした。


「ただの一度も?」


 目を開けてちらりと見ると、エスファンドの深淵のような純黒の瞳にのぞきこまれていた。


(試みたことくらいはある。唇を奪ったことなら)


 その事実を打ち明けそうになり、あわてて咳ばらいをし、視線をさまよわせる。

 そのとき、思いもよらぬものが視界をよぎった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ