払暁(後編)
暁闇の薄青い光の中を、二人で手を繋いで歩いた。
「寒いですか」
セリスが答えるのを待たずに、ラムウィンドスはその細い身体を抱き寄せる。
「ありがとう。温かいです。……ここまでの旅の道中、寒い夜は」
言いかけたセリスの唇を、ラムウィンドスの唇がふさいだ。
やや長い時間をかけ、優しく触れ合う口づけを終えて、そっと唇を離す。
「砂漠の寒い夜を、あなたがどんな風に過ごしたかは、その胸にしまっておいてください。あなたの側にはアーネストがいたでしょう。あいつがあなたに寒い思いなんかさせるわけがない。それで十分です」
二人きりの長旅。
護衛一人でこの姫君をどのように守り通したかは、本人からすでに聞き及んでいる。今さら姫君本人に裏付けられても想像だけで胸が焦げるのはわかりきっていた。
寒い夜も、危ない場面も、未知のものを前にこの少女が瞳を輝かせていたときも。
隣にいたのは自分ではないと、思い知らされるだけだ。
それで誰かを恨むというならば、三年前に離れる判断を下した自分自身だ。
意図が正しく伝わったかは定かではないが、セリスも切なげに目を伏せて、小さく頷いた。
たとえ二人の思いがどれほど強く、互いに求めあっていることを確かめ合っていてさえも。
離れていた月日がその間に重く横たわり、別の人と積み重ねた時間があるのは動かしがたい。
夢幻ではない現実のその人を前にして、改めて向き合い、空白を埋めていく必然性は、そうと言葉にはせずとも共に自覚されていることだった。
* * *
しずかに話しながら星を眺め庭を歩き、朝焼けの光を感じながら部屋に戻った。
もう寝直すような時間でもないでしょうか、とセリスが控えめに尋ねると、ラムウィンドスはセリスを抱え上げて寝台に運び、押し倒した。
「二人でこの夜を共に過ごした徴を」
襟元をくつろげながら囁き、左の五指で首筋を奏でるように撫でる。その感覚に瞠目したセリスに構わず、顔を埋めて柔らかな肌に唇を寄せた。
「なに……、や、痛い……ッ」
強い刺激にセリスが呻いて悲鳴を上げる。
ラムウィンドスの右手は宥めるようにセリスの髪を優しく梳いていたが、左手は肩をぐっと強く抑え込んで抵抗もわずかの身動きも封じていた。
やがてラムウィンドスが身を起こす。
「今日は襟をゆるめない方がいいでしょう。痕が残っていますから」
セリスがいまだにヒリヒリしている肌を手で探ると、その手に手を重ねて、ラムウィンドスは甘やかに微笑んだ。
「少し寝直しますか? 寝過ごさないように起こして差し上げますよ」
「はい……、いいえ。もう朝ですし。ラムウィンドスは鍛錬か執務を始める時間なのではありませんか」
「確かに。暑くなってからでは効率が悪いですからね。一緒に剣の稽古でもしますか」
爽やかそのもののラムウィンドスに対し、セリスがもの言いたげな視線を向ける。
それを受けて、ラムウィンドスは目を細めた。
「痛む?」
「耐えられないほどでは」
「それは良かった。次は身体のもっと深いところに」
「……これはいったいなんなのでしょう」
「嫌でしたか?」
「そういうわけでは」
「何と問われれば、先程申し上げたように、二人で夜を過ごした証です。ご自分ではそこに痕をつけることなどできないでしょう」
ひどく痛いわけではなく、嫌なわけでもなく、むしろ楽しそうなラムウィンドスを見ているうちに、「もっとしても大丈夫です」と言いそうになるのを、セリスは気合で堪えた。
何か。
それは言ってはいけないような気がした。
ラムウィンドスはくすりと笑みをこぼして、寝台に手を突き足を下ろす。
「今日は忙しいでしょうね。アルザイ様も早めに起こします」
そう言いながら何気なくシーツの上に手をすべらせた。
その長い指先が、何か固いものを掠める。
ごく自然にそれを確認すべく摘まみ上げた。
涙型の金環の中に、緑の宝石の揺れる耳飾り。
ごく最近。
間近で見た。剣で強敵と打ち合っている最中に。
「これは……」
呟きながら顔の前にかざす。
朝の光を受けて、緑の宝石が鈍い輝きを放った。