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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第五部】 隊商都市の明けない夜(後編)
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痛いから(前編)

 この日、市内の暴動の鎮圧にアルザイ、ラムウィンドス以下朝まで駆けずり回ることになり──


 その合間に「『帝国の炎』イグニスの手腕により、王宮は無血で東国人幹部たちを捕縛した」という朗報はあったものの、残虐の徒であるアルファティーマが残した爪痕は存外に深く。

 また、アルスによってマズバル軍は撹乱された上、凱旋門を内側から落とされてしまった。

 この混乱に乗じて、サイード他多数の敵の都市外への逃走も、食い止めることはかなわなかった。


 すべてが慌ただしく、おぞましく、無慈悲に過ぎ去る中。

 ラムウィンドスがセリスの無事をようやく確認したのは、陽も高く昇った頃だった。


 * * *


「力仕事は何一つできないが、事務方なら手を貸そう」


 昼近く、疲れ果てて王宮に戻ってきたアルザイに対し、待ち構えていたイグニスが意気揚々と言った。


「元気そうだな」


 返り血や服の乱れで凄惨な出で立ちのアルザイは、鬱陶しそうにイグニスを見た。


「こちらは解決が早かったので、高枕で寝させていただいた」


 アルザイのまとう空気は尋常ではなく、余人を寄せ付けない凄みに溢れていた。殺し合いをくぐり抜けてきたままの、狂おしいまでの凶暴さを隠す気配もない。

 剣の一振りで、イグニスを切り捨てても不思議ではない有様だった。

 ライアは、イグニスの背後から咄嗟に「嘘ですからね」と口を挟んだ。


「陛下がろくな言い置きもなく、使える人材をほぼほぼ鎮圧に駆り出してくれていたおかげで、王宮の統率もおかしくなってましたから。この人、不眠不休で働いてますよ」


 イグニスとアルザイに同時に目を向けられて、ライアは息を止める。

 すぐに負けるものかとまなざしに力をこめて、きつい調子で言った。


「喧嘩をしている場合じゃないでしょう。お二人とも順番に休んでください。できればアルザイ様が先」

「なんで俺がこいつと交代なんだ」


 アルザイの最もな疑問に対し、ライアは改めてアルザイを見た。

 無精ひげが伸びて、獣のような匂いを放っている。口をきくのも恐ろしいが、尋ねられた以上、黙るわけにはいかない。


「こちらの帝国人は、隊商都市(マズバル)に恩を売りたいみたいです。買ってあげてください。今なら安く買い叩けます。仕事ぶりは私も見ていましたが、『皇帝の寵臣』の能力は本物みたいです。アルザイ様の不在をしのいだ力は信用に値します。何人かあなたの臣下をこの人の監視につけてください。太陽のあの人以外にも、いるんでしょう? いないんですか?」


 じっと見つめてくる黒瞳が恐ろしいことこの上ない。

 言い切ったライアの横で、イグニスは「煽るなー」と能天気に呟いてから、アルザイに向かって言った。


「あなたがアルザイ様だったんですね。そうとは知らず、昨日は失礼しました」

「その『名乗られていない以上、出会っていない』設定はまだ生きていたのか」

「形式は大切です」


 呆れ切った様子で、アルザイは上を向くと大きなあくびをした。


「少し休む。お前は働け」


 提案を受け入れる。面倒だから。

 そんな声が聞こえた気がして、ライアはふうっと大きく息を吐く。そのとき、イグニスにがしっと肩を抱き寄せられた。


「!?」

「ところでアルザイ様、こちらの女性は何者ですか。帝国に連れて帰りたいんですけど」


 咄嗟に何も言えないで固まったライアをつまらなそうに見て、アルザイは歩き出す。横を通り過ぎるときに、ぼそりと言われた。


「誰かと聞かれれば、オレの婚約者だ」


 えー、とイグニスが不満げに言い、アルザイが通り過ぎると「本当ですか?」と聞いてきた。

 いつまで肩を抱いているのだろう、と思いながら腕を手で押しのけて、ライアは溜息とともに言った。


「さあどうなんでしょうね」


 イグニスを振り回す意図はなく、心からの返答だった。


          



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