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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第五部】 隊商都市の明けない夜(後編)
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彼の刻印(2)

「入口から入って来たときに、銀の髪が見えた。見間違えかと思ったが……、イクストゥーラ」


 絶対に違うのに。

 セリスはもっとその声を聞いていたくて、その場から動くことができなかった。

 それほどに、優しく、甘い声だった。

 闇の中から長身の男が姿を現し、セリスの横に腰を下ろした。ドアの外には暁闇のほの明るさがあり、夜を通して進んできたセリスの目も暗闇に慣れていて、横に座ったひとの姿かたちは乏しい明かりでも確認できた。

 血の涙を流した痕がある。


「目が……」

「ああ。こちらはもう駄目そうだ。片目がだめになると、もう片方に負担がかかるから、いずれ両目とも見えなくなるのかもしれない」


 傷ついた目を大きな手で覆うように隠して、その人は答えて言った。


「身体も。あちこち怪我を……」


 あまりにも穏やかに、世間話のように応じてくるから、セリスもつい会話を続けてしまう。


(かなり怪我をしている……)


 心臓が、ドキドキとうるさく鳴り始めている。

 この人は何か危険だ。今この場で会ってはいけない相手だ。間違いない。こんなに近づかれる前に、逃げなければいけなかった。わかっているのに、動けない。

 ここまで近づかれてしまった後では、もう逃げる手段などないと理屈ではなく体がわかっている。

 くすりと笑って、その人は片目だけでセリスを見て来た。


「思った以上に強い相手とやりあってしまった。負けず嫌いなんだよ、あいつ。諦めも悪いし」


 声だけでなくて。

 顔立ちも、笑い方さえも似ている。

 見ているだけで、胸が痛い。


「……イクストゥーラ?」


 うかがうように顔を覗きこまれて、セリスは小さく息を吐いた。


「あなたはわたしの知っている方に、似ていて……。笑うと、本当にそっくりです。わたしは、あの人に、そんな風に笑いかけてもらったことがあまりないんですが。自分が悪いんですけど。ああ、ごめんなさい。自分でも何を言っているのか」


 違う人だとわかっているし、話すべきことは他にあるはずなのに。うまく頭が働かない。


「あなたも俺の知っている人に似ているんだが、違う人のようだ。名前を知りたい」


 いつの間に、こんなに近くに。肩や膝がぶつかりそうなほど間近で、蕩けるほど甘く囁かれてセリスは抵抗もできずに答えていた。


「セリスです」 


 言ったそばから後悔がじわりと胸に広がって俯いてしまったのに、顎を指で持ち上げられた。

 片方だけの目で、その人は蠱惑的に微笑んだ。


「サイードだ」

挿絵(By みてみん)

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✼2024.9.13発売✼
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