彼の刻印(2)
「入口から入って来たときに、銀の髪が見えた。見間違えかと思ったが……、イクストゥーラ」
絶対に違うのに。
セリスはもっとその声を聞いていたくて、その場から動くことができなかった。
それほどに、優しく、甘い声だった。
闇の中から長身の男が姿を現し、セリスの横に腰を下ろした。ドアの外には暁闇のほの明るさがあり、夜を通して進んできたセリスの目も暗闇に慣れていて、横に座ったひとの姿かたちは乏しい明かりでも確認できた。
血の涙を流した痕がある。
「目が……」
「ああ。こちらはもう駄目そうだ。片目がだめになると、もう片方に負担がかかるから、いずれ両目とも見えなくなるのかもしれない」
傷ついた目を大きな手で覆うように隠して、その人は答えて言った。
「身体も。あちこち怪我を……」
あまりにも穏やかに、世間話のように応じてくるから、セリスもつい会話を続けてしまう。
(かなり怪我をしている……)
心臓が、ドキドキとうるさく鳴り始めている。
この人は何か危険だ。今この場で会ってはいけない相手だ。間違いない。こんなに近づかれる前に、逃げなければいけなかった。わかっているのに、動けない。
ここまで近づかれてしまった後では、もう逃げる手段などないと理屈ではなく体がわかっている。
くすりと笑って、その人は片目だけでセリスを見て来た。
「思った以上に強い相手とやりあってしまった。負けず嫌いなんだよ、あいつ。諦めも悪いし」
声だけでなくて。
顔立ちも、笑い方さえも似ている。
見ているだけで、胸が痛い。
「……イクストゥーラ?」
うかがうように顔を覗きこまれて、セリスは小さく息を吐いた。
「あなたはわたしの知っている方に、似ていて……。笑うと、本当にそっくりです。わたしは、あの人に、そんな風に笑いかけてもらったことがあまりないんですが。自分が悪いんですけど。ああ、ごめんなさい。自分でも何を言っているのか」
違う人だとわかっているし、話すべきことは他にあるはずなのに。うまく頭が働かない。
「あなたも俺の知っている人に似ているんだが、違う人のようだ。名前を知りたい」
いつの間に、こんなに近くに。肩や膝がぶつかりそうなほど間近で、蕩けるほど甘く囁かれてセリスは抵抗もできずに答えていた。
「セリスです」
言ったそばから後悔がじわりと胸に広がって俯いてしまったのに、顎を指で持ち上げられた。
片方だけの目で、その人は蠱惑的に微笑んだ。
「サイードだ」