痛みを持って与える者(3)
ずるりとラムウィンドスが片膝をつく。
二人の動きが止まった一瞬。
待ち構えたその隙を逃さず、ロスタムがナイフを投げつけた。
風を切る気配を読んだのか、あるいは察知していたのか。
サイードは振り返りもせずにかわす。
その流れのままにラムウィンドスに振り下ろそうとした剣を、走りこんだエルドゥスが剣で受けた。
「エルドゥス様」
サイードは力で押し切ることなく、身を翻した。もう一人、目覚ましい俊足で走り込み、切りかかってきた少年がいたせいだった。さすがに二人がかりの剣は、双剣使いではないので、受けきれない。
「サイード、ここまでにしてください。あなたは生きるべきです」
エルドゥスが剣を構えたまま言うと、サイードは愉快そうに目を細めた。
「困った。加減がわからないな。三人とも殺してしまいそうだ」
親しみすら感じさせる声だった。
そこに、今一人が剣を割り込ませる。重い一撃を受け、サイードは顔を歪めた。
「この場で一番あなたと戦う理由があるのは、オレなんじゃないかと思うんですよね」
渾身の斬撃を受け止められたラスカリスは、サイードと向き合ってさりげない口ぶりでそう言った。
サイードは身を引きつつ、目を細める。
「お前は帝国人だな。たしかに、帝国人はたくさん殺した」
「ええ、殺されました。殺され、犯され、奪われ、焼かれ……。アルファティーマの行為に慈悲はなく、その人馬の通った後には何も残らない……。帝国、何度も負けましたからね。強いんですよ、あなたが。強すぎるから、遭遇してもまともに戦うなと上官からは言われていました。俺もそのつもりでした。あなたが倒れるのを、待つつもりだった」
「戦略としてはアリだな。お前はここで死ねばそこまでだが、生き延びれば勝てる敵もいるだろうし、救える同胞もいるだろう。むざむざ散ることはない」
サイードは落ち着いた声で肯定した。そこには狂気のかけらもなく、それがラスカリスを惑わせる。
「あなたが憎くて憎くてたまらないんですよ。そのくせ、殺しちゃまずいのかなって、いま血迷ってるところです。その顔のせいかな」
「よくわからないが。『殺せない』が正しい。俺は負けない」
体勢を立て直してすぐに踏み込んできたサイード。その剣を受けるのは自分だとばかりに三人を背にかばったラスカリス。
激突の瞬間は訪れなかった。
サイードの右腕には、深々とナイフが突き立てられていた。ロスタムが動いていた。
同時に、立ち上がったラムウィンドスが放った一撃は、紙一重でかわそうとしたサイードを追いかけてその右目を抉った。
「殺してはならない!!」
エルドゥスが声を張り上げる。
構わず追撃しようとしていたラムウィンドスだが、突然予期せぬ強い力に剣を弾かれ、足裏に力を込めながら地を踏みしめた。
「時間切れだ。退路は確保している。さっさと行くぞ」
背に長い茶色の髪を流した長身の男が、全身を返り血に染めたなりをして、サイードとラムウィンドスの間に剣をねじこんでいた。
ラムウィンドスは目に怒りの炎を迸らせ、その名を呼んだ。
「アルス」