痛みを持って与える者(2)
顔色を変えず、表情に苦しさを浮かべないことにおいてはよく似た二人であったが。
わずかに、ラムウィンドスの方が押されている。
その剣に漲る気迫も、技量も、圧倒的で、他者を寄せ付けない高みにあるというのに。
サイードの腕がそれを、上回っている。
二人とも、その事実にとうに気付いている。ラムウィンドスはほとんどない勝ち目を拾いに行こうとしているが、剣鬼がそれを許すわけがないのは、火を見るよりも明らかだった。
「ラムウィンドス。お前、何の為に戦っている」
不意に、サイードが口を開いた。
距離をとっていたラムウィンドスは、ちらりとサイードを見て、小さく吐息した。
ひりひりと痛む頬は、先程斬られた。血が流れている。一方のサイードもラムウィンドスの剣をさばききれずに負った腕の切り傷から、血を滴らせていた。
「お前は国が落ちた後、月に身を寄せたらしいな。今はアルザイの元にいる。何をしたい。何をするつもりだ」
ラムウィンドスは、呼吸を整えてから、微かな笑いを含んだ声で言った。
「不思議そうですね」
一瞬の静寂。
サイードの動きを止めておいて、ラムウィンドスはそっと視線を外し、夜空を見上げる。
目を細めて、月を見ていた。月だけを。
「……たいした理由はないんですよ。ただ、選ばれたかっただけなんです」
言い終えて、しずかに目を閉じた。ひとときの祈りを捧げるように。
次にサイードに顔を向けたときにはすでに、感情をうかがわせない凪いだまなざしをしていた。それでいて、少しだけ口の端に笑みを湛えている。
「叔父上には聞きません。何故アルファティーマなのですか、とは。壮大な野心を語られたり、アスランディア復興に手を貸せと言われても少々困ります」
「ほう」
両者の金色がかった瞳が、明るく煌く。
ラムウィンドスが、ひときわ鮮やかに笑った。
「月が綺麗ですよ」
サイードはそこではじめて、天を仰ぐ。
ラムウィンドスは、その瞬間を逃さなかった。
あらん限りの力と技巧をのせて繰り出された一撃を、サイードは身を捩ってかわした。ラムウィンドスは次撃もすかさず叩き込む。受け流そうとした動きを力で押し切るように追う。
白金色の髪をなびかせて、サイードは大きく身を引いた。
視線が滑る。
獰猛なまでに高められた互いの殺意が絡み合った次の瞬間。
サイードが剣の柄をラムウィンドスの胸にしたたかに叩き込んだ。