痛みを持って与える者(1)
(何故、戦わないという道はないのだろう)
剣を合わせる二人は、その姿形の類似を見れば明らかに、濃い血の繋がりを思わせた。
白金色の髪、涼やかな目元の端麗な容貌、恵まれた体躯にずば抜けた剣技の冴え。──太陽王家。
「あれがマズバルで名を上げた『太陽の遺児』か」
アルファティーマの剣鬼サイードと互角に打ち合う男を前に、エルドゥスはしずかに呟いた。
似ているが、幾分若い。それが、サイード相手に有利とならないのは、最初の数合でわかってしまった。
気迫では負けていない。しかし埋めがたい経験の差がある。いずれそれが勝敗に響く。
「エルドゥス様、よくぞご無事で」
ラスカリスが歩み寄り、控えめな声で言った。エルドゥスは戦う二人から目を逸らさずに小さく頷いてみせた。
「サイードに助けられた。俺はこの部隊の全容が掴めていなかった。兄上の手のものが、積荷をアルファティーマに横流しをしているのはわかっていたが……。まさか帝国への途上で隊を分断し、ここまで派手に動くとは。サイードが俺の命を拾いに来なければ、危なかった。俺はずっと、サイードこそが敵だと思っていたというのに」
視線の先。
打ち合う二人の剣筋は、まったく鈍らない。
むしろ鋭さを、苛烈さを増していく。
避けきれなかった刃は、互いの肌を切り裂いて血を滴らせている。致命傷はいまのところ無い。
しかし、力も速さも拮抗している……。とは、どうしても思えなかった。
アルファティーマの剣鬼は、異境の出であるがゆえに、二心を疑われぬよう戦とあらば常に最前線に身を置いてきたのだ。殺した人数が、余人とは桁違いだ。
「マズバルの司令官殿と話したか?」
エルドゥスの簡潔な問いに、ラスカリスは「はい」と答えた。
「好人物ですね。自分の忠誠は我が君だけのものですが……、あの方が上官であったら、と願ってしまうところでした。最初の印象は決して良くなかったんですが、なんでしょうね。気を抜くと全部捧げてしまいそうなひとです。夢に見そうなんですよ、あのひとの笑顔」
冗談めかした口調であったが、エルドゥスの瞳はますます物憂げな色を湛えて沈んだ。
「そんなところまで似ているんだな。サイードもだ。今はアドニス兄上の下についているから、ことさら自分の派閥を持とうとしているようには見えないが……。その気になれば、サイード個人に従いたい者は多いだろう。土地も民も持たぬのに、王の風格だ。あれはアルファティーマにとっては、毒になり得る。兄上もいずれ邪魔にするだろう」
ふと、夜空を見上げる。
そこにあるのは、白々とした輝きを放つ月。夜を照らす清らかな光。
「月はうつくしい。夜空にあって、星々を焼き払うことはない。だが太陽は、空に二つは多すぎる。それでも、地にあっては……」
エルドゥスは、抜き身の剣をゆっくりと構える。
何を、と目を瞠るラスカリスの前で、宣言した。
「殺させない。どちらかではない、二人とも生きるべきだ」
「無謀です、王子。あの二人の間に割り込む余地はない!」
意図を察して、ラスカリスがエルドゥスの腕に手をかけ制する。そのラスカリスの横に、すっと人の立つ気配があった。
「行くつもりか。見誤れば、一瞬で死ぬぞ」
若い、少年の声。その姿は迎賓館にて会った黒髪の偉丈夫にあまりにもよく似ていた。
ラスカリスは、思ったところを正直に口にした。
「ご子息殿……!」
烈しい殺気が、その若木のような痩身から立ち上った。
「……え?」
「いや、馬鹿かと」
冷ややかな返し。
ラスカリスを絶句に追い込んで、黒髪の少年ロスタムは、決着のつかぬ二人を厳しい目つきで見た。
野外劇場が燃えている。
炎がごく近くにあるせいか、辺りは明るく、空気は焦げたように匂って熱い。
街の方でも騒動が起きている気配がある。
「万に一つでもとは思ったが……」
呟いたロスタムの手には、投擲用のナイフがあった。
それを見て、エルドゥスもまたロスタムの狙いを察する。
隙があれば割り込むつもりはあったのだろう。だが、ない。二人の動きの鮮やかさ、次を読ませない瞬発力。手出しができないのだ。
「二人がかりなら、あるいは……」
呟いたエルドゥスを、ロスタムがさめた目で見た。