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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第五部】 隊商都市の明けない夜(後編)
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痛みを伴う口づけ(2)※

「姫さまは、このへんで、どこかに隠れて」


 大きな石造りの神殿の側壁に沿って早足に進みながら、躊躇いがちにアーネストに言われて、セリスは「いえ」と短く答えた。

 神殿とは反対、右手側の方はゆるやかな傾斜に背の低い木々が生えている。その向こうに都市をとりまく壁がある。身を隠すものがなさそうなので、ぎりぎりまで壁には近づかない。もちろん、灯りを持つこともない。それでも、月明かりが朧に二人の道行きを照らしていた。


「わたしにとって一番安全なのは、あなたの側だから」


 本当は、なんの役にも立たないセリスはエスファンドの四阿にいた方が……との思いはある。そこがアルスの保証した安全な場所というのなら、騒乱に巻き込まれずに済む可能性も高い。

 すべて仮定の話だ。

 もしそこまで襲撃の手が及んだ場合、セリスは自分自身を守ることすら危うい。刃物の扱いを知ってはいるが、まったく訓練を受けていない者よりはマシ、程度だ。力だって弱い。 


(……ゼファード兄様に関しては、「普段は剣を持たないけど、いざとなれば強い」ということもなく、武芸はからっきしであると本人も周囲も認めていて……。「毎日訓練している分、姫の方が私よりは強いんじゃないかな」って兄様本人も私に言っていましたし。月の王家は、代々運動神経のようなものが鈍いのでは)


 どうあってもろくに強くなれない事実について考えていたせいで、セリスはアーネストに手を掴まれたことに気付くのが遅れた。

 顔を上げたときには、肩を押されて神殿の石壁に背を押し付ける態勢になっていた。


(アーネスト?)


 向き合ったままうなだれたアーネストの額が、肩口に触れる。顔が見えない。

 セリスは、掴まれていない左手を伸ばして左肩にのっているアーネストの頭にそっと触れた。布は取り払っているので、柔らかい髪の感触を指に感じる。

 ややして、アーネストがくぐもった呟きをもらした。


「……姫さま、背中、冷たい?」

「少し」


 言われて意識したせいか、石壁から夜気が伝わって、身体がぞくりと震える。

 その次の瞬間、腕を強く引かれてアーネストの腕の中に引きずり込まれていた。

 何が起きているのかわからないまま見上げたところで、腰をとらえられ、後頭部には手を回され固定されて、唇に唇が重ねられる。


 身動きもできずそれを受けて、セリスは目を見開いたまま硬直していた。

 時間経過がわからない。一瞬というほど短くはなかった気がするが、いつ終わるのかと思った頃、唇に舌が触れていると気付いて咄嗟にアーネストの胸に手を突き立てた。ぐいぐいと掌で押すと、呆気ないほど簡単に顔が離れていった。


「びっくりした?」


 呆然と見上げるセリスの視線の先で、アーネストは甘く微笑んだ。

 身体の強張りが口の動きまで封じてしまったようで、セリスはまわらない舌でなんとか声を絞り出した。


「しました……。何をするのかと」


 月明かりの下、アーネストが目を伏せるようにして低い声で言った。


「何って。口づけしたんやけど」

「はい。そうなんですけど、アーネストがこういうことをすると思わなくて」


(ええと? 何を言ってるんだろう、わたし。そうじゃなくて?) 


 混乱しているせいで、うまく頭が働かない。

 艶めくアーネストの微笑や仕草に目を奪われていたが、いまだに腕に捕らわれたまま。

 全体的に何か危ない空気だとはわかる。

 しかし、相手がアーネストであるだけに、どうしてよいかわからない。どういう反応が正解なのかもわからない。


「誰になら、口づけされるかもって思っとるの?」

「されるかもというか」


 言葉そのままに言い返してしまってから、セリスは逃れるように横を向いた。


(アーネストの目が、わたしを見ている……)


 逃れられない、絡みつくような視線が頬や唇の上を這う。たまらずに目をきつく閉じる。

 囁きはごく近いところで。耳に直接注ぎ込まれるように、もたらされた。


「されたんやね。あいつに」


 断罪するかのような響き。


挿絵(By みてみん)

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✼2024.9.13発売✼
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