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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第五部】 隊商都市の明けない夜(後編)
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戦場で重なり合う、出会いと(3)

 一人は、黒髪に細面の少年だった。アルファティーマの人間と聞いていなければ、見た目だけでそうとは判断できなかっただろう。父がアルファティーマなら、母親は帝国人に違いない。彫りの深い、地味ながら整った顔立ちは西方の人間を思わせた。


 いま一人は。

 業火の中を抜けてきたとは思えぬ、涼しげな顔をしていた。

 すらりとした長身で、手にした剣は血に(まみ)れている。

 ラムウィンドスと目が合うと、にこりと笑った。

 その顔を見返して、ラムウィンドスはしずかに言った。


「サイード叔父上、お元気そうで」

「ラムウィンドス、久しぶりだね。……ああ、喉が少し煙にやられた」


 声は掠れていて、苦し気な咳をもらす。


「水を用意しましょう。消火にまわすつもりはないので、飲みたい放題ですよ」

「風呂も……」

「それは贅沢に過ぎます」

「私の甥は厳しいな」

「ケチなんです。財政の立て直し、頭が痛いですよ。なんてことをしてくれたんですか」

「それは私も言いたい。ずいぶん部下を殺してくれたようだ。私が東国人を始末している間に」


 穏やかさすら漂う話ぶりに、傍で聞いていたラスカリスは眩暈を覚えた。

 この二人はなんの話をしているのだ、と。


「あなたがたが醜くも潰し合ってくれたのを、恩に着るつもりはありません。略奪の指示を出していますね」


 ラムウィンドスの声が一段低くなる。

 サイードは「うん」と、頷いた。表情から笑みは消えている。


「アルファティーマというのは、そういうお国柄だ。退却までに市街を荒らすだろう。略奪の出だしで、これだけマズバル側に殺されるのは予想外だったが。ここにはお前がいたのだった」

「犬死にした手勢の中には、あなたを信頼していた者もいるのでは? それとも、子飼いの者は騒動の前に、うまく市街へと逃がしましたか」


 その問いに、サイードは口を閉ざした。

 目を細めたラムウィンドスが「肯定と受け取ります」と告げた。


「もしアルスがこの件に関わっているなら、市内での一方的な略奪や虐殺までは許さないでしょう。とはいえ、そもそもアルファティーマ内で割れていたそうですね。どの王子につくかと。だとすれば、たとえ同国(アルファティーマ)人でも、違う主を戴くいわば『敵』勢力を切り捨てることに、叔父上も異存はなかったということですか。犠牲は織り込み済み。ところで、第三王子はそこで何をしている」


 独り言のような確認の最後に、ラムウィンドスはサイードと並び立っている黒髪の少年に目を向けた。


「あなたがアルファティーマの戦士としてそこにいるなら、その男ともども俺が切り捨てる。何か弁明があるなら、一応聞こう」


 少年は身を乗り出すようにして、ラムウィンドスの目を見た。切実さをその瞳に浮かべて言った。


「あなたたちは、ここで殺し合うというのか。太陽王の血脈が途絶えるぞ」

「叔父上。王子は、俺にあなたを殺されたくないようだ」


 サイードは軽く首を傾げた。


「なぜこの少年が、王子だと知っている?」


 ラムウィンドスは、驚いたように目を見開いて言った。


「それもそうですね。口がすべりました」

「……お前は昔からそういう、なんというか、白々しいところがあるよね。変わらないんだな」

「面と向かって性格が悪いと言ってくる相手がいなかったもので。気付いたらこんな大人に」

「少しは反省するように。可愛げがない」

「『可愛げ』なるほど、善処しましょう」

 

 ふっとラムウィンドスは口元をほころばせた。

 つられたように、サイードも笑う。


 その次の瞬間は、鋭い金属音が空気を裂いた。

 両者、動きを気取らせぬほどすさまじい早さで踏み込み、剣を合わせている。


「さて。腕の方はどうかな」


 ギリギリと軋む金属音を鳴らし、刃越しにサイードが笑う。


「可愛げ溢れてますよ。叔父上に稽古で(かな)ったことなんかありませんから。昔はね、子どもでしたから」


 答えて、ラムウィンドスも不敵に口の端をつりあげ、瞳を炯々と光らせた。


「そういう謙虚なところは可愛い」

「では存分に可愛がってください」


 一度互いに身を引き、相手をうかがいながら間合いをはかる。

 バチバチと木片が燃えさかるような音、焦げた匂いと熱波が漂う中、二人はもはや無駄口も叩かずに剣を合わせた。

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