戦場で重なり合う、出会いと(3)
一人は、黒髪に細面の少年だった。アルファティーマの人間と聞いていなければ、見た目だけでそうとは判断できなかっただろう。父がアルファティーマなら、母親は帝国人に違いない。彫りの深い、地味ながら整った顔立ちは西方の人間を思わせた。
いま一人は。
業火の中を抜けてきたとは思えぬ、涼しげな顔をしていた。
すらりとした長身で、手にした剣は血に塗れている。
ラムウィンドスと目が合うと、にこりと笑った。
その顔を見返して、ラムウィンドスはしずかに言った。
「サイード叔父上、お元気そうで」
「ラムウィンドス、久しぶりだね。……ああ、喉が少し煙にやられた」
声は掠れていて、苦し気な咳をもらす。
「水を用意しましょう。消火にまわすつもりはないので、飲みたい放題ですよ」
「風呂も……」
「それは贅沢に過ぎます」
「私の甥は厳しいな」
「ケチなんです。財政の立て直し、頭が痛いですよ。なんてことをしてくれたんですか」
「それは私も言いたい。ずいぶん部下を殺してくれたようだ。私が東国人を始末している間に」
穏やかさすら漂う話ぶりに、傍で聞いていたラスカリスは眩暈を覚えた。
この二人はなんの話をしているのだ、と。
「あなたがたが醜くも潰し合ってくれたのを、恩に着るつもりはありません。略奪の指示を出していますね」
ラムウィンドスの声が一段低くなる。
サイードは「うん」と、頷いた。表情から笑みは消えている。
「アルファティーマというのは、そういうお国柄だ。退却までに市街を荒らすだろう。略奪の出だしで、これだけマズバル側に殺されるのは予想外だったが。ここにはお前がいたのだった」
「犬死にした手勢の中には、あなたを信頼していた者もいるのでは? それとも、子飼いの者は騒動の前に、うまく市街へと逃がしましたか」
その問いに、サイードは口を閉ざした。
目を細めたラムウィンドスが「肯定と受け取ります」と告げた。
「もしアルスがこの件に関わっているなら、市内での一方的な略奪や虐殺までは許さないでしょう。とはいえ、そもそもアルファティーマ内で割れていたそうですね。どの王子につくかと。だとすれば、たとえ同国人でも、違う主を戴くいわば『敵』勢力を切り捨てることに、叔父上も異存はなかったということですか。犠牲は織り込み済み。ところで、第三王子はそこで何をしている」
独り言のような確認の最後に、ラムウィンドスはサイードと並び立っている黒髪の少年に目を向けた。
「あなたがアルファティーマの戦士としてそこにいるなら、その男ともども俺が切り捨てる。何か弁明があるなら、一応聞こう」
少年は身を乗り出すようにして、ラムウィンドスの目を見た。切実さをその瞳に浮かべて言った。
「あなたたちは、ここで殺し合うというのか。太陽王の血脈が途絶えるぞ」
「叔父上。王子は、俺にあなたを殺されたくないようだ」
サイードは軽く首を傾げた。
「なぜこの少年が、王子だと知っている?」
ラムウィンドスは、驚いたように目を見開いて言った。
「それもそうですね。口がすべりました」
「……お前は昔からそういう、なんというか、白々しいところがあるよね。変わらないんだな」
「面と向かって性格が悪いと言ってくる相手がいなかったもので。気付いたらこんな大人に」
「少しは反省するように。可愛げがない」
「『可愛げ』なるほど、善処しましょう」
ふっとラムウィンドスは口元をほころばせた。
つられたように、サイードも笑う。
その次の瞬間は、鋭い金属音が空気を裂いた。
両者、動きを気取らせぬほどすさまじい早さで踏み込み、剣を合わせている。
「さて。腕の方はどうかな」
ギリギリと軋む金属音を鳴らし、刃越しにサイードが笑う。
「可愛げ溢れてますよ。叔父上に稽古で敵ったことなんかありませんから。昔はね、子どもでしたから」
答えて、ラムウィンドスも不敵に口の端をつりあげ、瞳を炯々と光らせた。
「そういう謙虚なところは可愛い」
「では存分に可愛がってください」
一度互いに身を引き、相手をうかがいながら間合いをはかる。
バチバチと木片が燃えさかるような音、焦げた匂いと熱波が漂う中、二人はもはや無駄口も叩かずに剣を合わせた。