戦場で重なり合う、出会いと(2)
「小僧! 裏切ったのか!!」
東国訛りの怒号がとび、それに対して「それ、今言うことかな。隊を出た時点で明らかでしょ」と少年の声が答えた。
素早く男のもとに踏み込んで、ナイフでその首をかききったのは黒髪の少年。
辺り一帯で燃え盛り、空へと伸びる炎の明るさの中、その顔は誰の目にもはっきりと見えた。
ラムウィンドスの前にたどりつくと、にこりともせず言う。
「ゼファード王配下のロスタムと申します。セリス様の指示により、補佐に入ります」
砂漠の者が身に着ける、日除けの布をすべて取り払って、素顔をさらしていた。それが、マズバル兵の動揺を生んでいるのだった。
砂漠の黒鷲、アルザイに生き写しと言って良い。顔も声もすべてが似すぎている。血の繋がりは、誰の目にも明らかであった。
一方で、敵である隊商の者たちは、さほど彼を気にせず、勢いを衰えさせることなく剣を振るっている。
ラムウィンドスもロスタムも、ゆっくり話す間などなく戦闘に身を投じる。
はからずも背をあわせる態勢になったが、二人ともに相手に背を預けることを躊躇わなかった。
眼前の敵に切りかかりながら、背中越しに言葉を交わす。
「素顔をさらしておけば、敵に間違われる恐れはないと、セリス様が。あるものは使えと」
「『鷲の少年』か」
「姫はアーネストと市街に。アルスを追っています」
「君は、アルスを……」
ラムウィンドスの呟きに滲んだいくつもの感情に、ロスタムは飄々と答えた。
「知っています。『私は君の父ではないので、名前で呼べばいい』と。だから、アルス。育ての親ってやつですね。なんですけど、姫様があのひとを疑うのもわかります。変な人だし。サイードと仲良いというのも、いかにもありえそうだし」
声の平坦さはラムウィンドスをも戸惑わせるほどに、そっけない。常に熱情を帯びている砂漠の王を知っているだけに、異質さが際立つ。
会話の合間に敵を屠りつつ、ラムウィンドスが確認するように言った。
「アルザイ様には、名乗りをあげていないな」
「『銀髪に弱い男』ですね。姿は見ました」
いささかの揺らぎもみせず、つまらなさそうにロスタムは答えた。
迫って来た男の一人を切り伏せて、ラムウィンドスは場違いな笑みを浮かべた。
「的確だ。母御は聡い女性とお見受けする」
戦場に似合わぬ、ラムウィンドスの明るい声。
ロスタムは一瞬だけ不機嫌そうに眉を寄せた。
「……セリス様は良い銀髪ですね」
話し終える間もなく、劣勢となったマズバル兵のもとへ駈け込んで、手間取っていた旅装束の男の首筋にナイフを叩き込む。
食い入るように見つめる兵の視線には答えずに、身を返して次の敵へと向かっていく。
返り血を浴びて、その姿は見るも凄惨なものとなりつつあった。
ラムウィンドスもまた剣をふるいつつ、「そうだな」とロスタムに向かって言った。
「だからアルザイ様は、あの方に手を出せないんだろう」
もともとの無表情をさらに硬化させて、ロスタムは固い声で言った。
「余裕ぶってますけど、今姫様のそばにいるのはあなたじゃない。姫様に懸想している男だ。あの、しゃべりの変な奴」
「知っている」
短く返しつつ、ラムウィンドスは敵の動きが変わったのを察して門を見た。
人影が二つ。
「ここはいい。市街へ出た者を追え!」
相手を見定め、その場に立っていた部下へ指示を飛ばす。
自分以外がここに留まっても、意味がないと理解したためだ。
「残りは俺が引き受ける」
ロスタムが言葉を引き継ぎ、逃走をはかろうとしていた敵にナイフを投擲する。
その場に立っている敵は、すでに二、三人。ロスタム一人で、十分戦えるとの判断だった。
一方のラムウィンドスは、門から姿を現した二人の人影をじっと見ていた。
その場にとどまっていたラスカリスが、小声で「王子です」と言う。ラムウィンドスは了解のしるしに小さく頷いた。