戦場で重なり合う、出会いと(1)
隊商都市の長の役目は、隊商路の安全を保障すること。
都市を大きくするためには、隊商の信頼を得る必要がある。それがアルザイの政策の根幹でもあった。
大国間の正規の使節である隊商が侵略者であるという事態は、想定はしても想定の一つでしかなかった。
「『信じる』というのが、いかに儚いことか」
炎と煙を巻き上げる野外劇場を目にして、ラムウィンドスは馬を下り、剣を抜く。
突破され、開放されていた門で起きていた混乱は、すでに虐殺の体をなしていた。
おそらく、マズバル兵たちは、中から溢れて来た者を火災から避難してきたとみて受け入れようとしただろう。出ることを許さなければ、焼け焦げて死んでしまう。現場にいた高官の判断でもそうなったに違いない。実際に、目にする前はラムウィンドスも「そういうこと」だと思い込んでいた。
(火の回りが早すぎるか……、篝火の一つ二つが倒れただけで、ここまでになるとは考えにくい)
そこに気付くのが遅れたがゆえに、東国人やアルファティーマ人を救済しようとした兵たちは隙をつかれた。ある者は手を差し伸べようとしたときに、ある者は背を向けたときに。
虐殺を逃れてからくも体勢を立て直し、交戦中の部下を見て、ラムウィンドスは声を張り上げた。
「殺せ。一人も生かす必要はない!」
言葉通りに、走りこんで今まさにマズバル兵に剣を突き立てていた旅装束の男の首を剣で跳ね飛ばした。
返す動きで、間近に迫っていた男の胸を貫く。
「サイード……?」
絶命の際にもらされた言葉に、眉一つ動かさず。
自分を包囲しようとする者たちを見回すが、動きは止めない。
一人、二人と瞬殺を決めて、近くにいるだろうラスカリスに向かって言った。
「王子の顔がわからない。助けたいなら早く行け!」
「わかりました!」
「無罪放免とはならない。この企みを知っていたかは、問い詰める」
襲い掛かってきた者を剣で切り倒したラスカリスに、ラムウィンドスは鋭い視線を投げた。
いっとき、温和怜悧の錯覚すら抱かせた指揮官の目からは、今はいかなる感情も読み取れない。
ラスカリスもまた、声を張り上げた。
「承知しております!」
東国人とアルファティーマ人は、共闘しているか定かではない。はっきりしているのは、双方ともマズバル兵を敵と認識していること。
仕掛けられた側とはいえ、伸張著しかった隊商都市マズバルは、今日のこの場を乗り越えても。
これより先、二つの勢力を敵として相手取ることは避けられない。
「助けてくれ! オ、オレは何も知らない……!! アルファティーマの連中が積み荷に火を放った!!」
出入口にまろび出てきて、戦場となっていることに色を成した者の命乞いが聞こえた。
ガタガタと震える様は哀れだが、身の危険を感じたのか男は護身用らしきナイフを手にしている。
ラムウィンドスは、他の誰よりも先に動いた。
「こうなっては、虚言を見分ける術を我々は持たない。誰も惑わされるな、見逃す義理はない」
後半はその場にいた部下たちへ。
ラムウィンドスに慈悲はないと見て取り、逃げようとした男を、容赦ない一閃のもと切り捨てる。
止まらない。自らの動作の何一つ無駄にせず、追い詰められていたマズバル兵のもとへ瞬時に距離を詰め、敵を剣で薙ぎ払う。その速さ、膂力。
彼の姿が戦場にある。
それだけで、マズバル兵が奮い立つ。
しかし、戦闘開始時点で不意を突かれたのは大きく、損耗により劣勢を覆すまでは至らない。
「市内へ出た者もいるのでは!?」
出過ぎた真似と思いつつも、ラスカリスは言わずにはいられなかった。
宰相の護衛官の名に恥じぬ剣をふるいつつ、指揮官への距離を詰めると、落ち着いた声が答えた。
「たしかに、これほど大掛かりに仕掛けておいて、無策で動いているはずがない。市内で手を引く者、逃走までの経路を確保している者がいるな」
彼は、大局を見て指揮を出さねばならぬ立場だろう。
ここに縫い留められている場合ではないはず。
出来ることなら行かせたい、その思いからラスカリスはその場で剣をふるってしまう。王子の行方も気にはなっていたが、指揮官の体力の代わりになれるのなら、なりたい。それが結果的に、王子を救う手立てになると自分に言い訳をしつつ。
そのとき、不意に空気が揺れた。
動揺が伝わる。
ラムウィンドスは素早く周囲に視線をすべらせた。