表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【第五部】 隊商都市の明けない夜(後編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/266

劇場の演者(後編)

 いくつもの篝火があちこちで引き倒されていた。

 それだけでなく、おそらく、故意に荷に火を放っている者がいる。そうと考えなければこの同時発生的な火の回りの早さ、説明がつかない。

 怒声に交じり、鋭い剣戟の音も耳に届いた。


「どうやら手合わせをしている場合ではなさそうだな」


(手合わせって言った。手合わせって言ったぞ……!!)


 命がけで決戦に挑んだはずのエルドゥスの気持ちを軽々しく粉砕して、サイードは周囲に目を向ける。


「この事態、あなたは知っていたのか……!!」


 詰問しようとしたら煙が喉に絡んで、エルドゥスはげほ、と咳込む。軽く目を見開いたサイードは剣を鞘におさめた。すたすたと歩み寄ってきて、そのへんに転がっていた盃を拾い上げ、懐から出した布に酒をふりかけ湿らせる。それを、エルドゥスの口にあててきた。


「煙に気を付けた方がいい。喉をやられるだけならまだしも、意識が飛んだら死ぬぞ」

「…っ、ずいぶん、しん、せつで」


 最初に吸い込んだ煙がまだ喉に絡んでいる。布を手でおさえつつ、咳込んで涙目になりながら言うと、サイードはなんでもないことのように言った。


「殿下を見捨てるつもりはない。それに、さすがにこれでは、マズバル兵も出入り口は解放するだろう」

「積み荷……」


 口元をおさえたままエルドゥスが視線を巡らすと、「捨ておけ」と実にそっけなく言われた。


「しかしあれは、ローレンシアに届けなければ」

「まだそんなこと考えていたのか。衰弱しきった古き帝国に立つ、後ろ盾なき少女王など、東国が相手にするわけがない。積み荷は道々でとうにガラクタとすり替えられている。ただの空袋もあるだろうさ。その証拠を、この炎で燃やしてしまうつもりだろう」

「ああ……。おとなは汚い」


 前髪をかきむしりながらエルドゥスが言うと、サイードは口をおさえつつふふっとくぐもった笑いをもらした。


「エルドゥス様の年齢は、俺の半分にも満たなかったか。ぎりぎり、その言い様認めてやらなくもない」


 次の瞬間には、すらりと剣を抜いていた。


「来るぞ」


 サイードの動きが、自分をかばうものと気付いてエルドゥスは歯列の間から呻き声をもらした。


「俺はずっと、あなたが敵だと思っていた」

「味方のつもりはない。ただ共通の敵があるだけだ」


 線を引かれる。

 これは今この場限りの手助けであり、自分はエルドゥスの()()ではないと。

 それはエルドゥスとて、わきまえているつもりだし、諦めているというのに。

 やるせなく思う気持ちは止められない。


 じりじりと、刃物を構えて距離を詰めてきていたのは、いずれも東国人の男たち。同じ隊商で長旅をしてきたので、顔には多少見覚えがある。


「できればあんたたちとは仲良くしたかったんだがな」


 男の一人に言われて、サイードは重々しく頷いて言った。


「俺もだ」

「だが、道中のオアシス都市で、積み荷をアルファティーマ人に流していたのは見過ごせねぇ。この隊商には、帝国に運ぶ貢物なんか、これっぽっちも残ってねえんだな、これが」


 憎々しげな口ぶりで言う男と、その背後にいるものをエルドゥスは目視で確認。


(五、六、七……)


 煙と砂埃の向こうに、人影が集まりつつある。

 当然だ。エルドゥスとサイード、彼らが落とすべき「首」が、ここに二つ揃っている。

 首級となる前のサイードは、饒舌だった。


「言いがかりも甚だしい。アルファティーマの横流しを咎めなかったのは、証拠を掴めなかったからではあるまい。むしろ東国も通りすがりの市場で同じことをしていたからこそ、見逃していたんだろう。その上で、俺たちは互いに罪をなすりつけあう機会を窺い合っていた。問題を起こすなら、東国でも草原でもない、この砂漠の都市こそふさわしい。積み荷を燃やして証拠は隠滅。混乱に乗じて、互いに殺し合う。生き残った側は街へと繰り出して略奪をし、砂漠へと逃れる。そして言うんだ。『隊商が、マズバル市内で襲われた。我々は被害者なのだ』と。出火の責任はもちろん隊商都市(マズバル)の黒鷲に負わせる」

 

 笑みすら浮かべたサイードの端正な顔を、東国の男たちはにやにやと笑いながら見ていた。


「わかっているねえ」


 サイードは、凪いだ表情で続ける。


「この筋書きを利用するにあたり、これが正規の東国の隊商である以上、アルファティーマは少々分が悪い。それがわかっているから、我が同胞(はらから)は我先にと街へ繰り出し、各々略奪に興じようとしている。誰も、お前たちと争っている暇はない。しかし、それではせっかく準備をしてきた貴方がたが可哀そうなので、この場に残った東国人はエルドゥス様と俺で引き受ける」


 呆れ顔で聞いていたエルドゥスは、小さく溜息をついた。


(自分からさっさと線を引いたくせに、土壇場でしっかり俺を巻き込んできやがった)


 エルドゥスを自らの背に庇うということは、背を預けるということでもある。

 彼は、迷わない。


「俺は、どうせ戦うならあなたが良かった」


 エルドゥスも剣を構える。牽制し伺いあう男たちを見渡しつつ、サイードに物申す。


「そうか。今しばし待て」


 月と炎に照らし出された太陽(アスランディア)の末裔は、剣をかざして宣言した。


「いざ、アルファティーマのために!」

 

 振り下ろされた剣が、この夜の戦闘開始を告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✼2024.9.13発売✼
i879191
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ