劇場の演者(前編)
(黒鷲は、どこへ行ったのよ!?)
王宮で開かれる宴に参加すべく、女官の助けを借りて着飾り、広間に向かったライアであったが、肝心の王は姿を現していなかった。
確かに、先に向かえと言われた覚えはあるが、まさか王がいないなんて。
重臣の覚えが全然めでたくない中、急ごしらえの「執政官」の肩書を押し付けられ、女一人で自分はいったいどうすればいいのかと。
腹ただしい……裏に、心細いという本音を認めたくなくて、ライアは落ち着こうと深呼吸をする。
──この場にただ一人の「女」であると考えるから、思考が乱されるのだ。
集められた客人は十五名。いずれも東国人。言葉はおそらく、砂漠の通用語でいいだろう。
迎えるマズバル家臣団は入れ代わり立ち代わりしているが、二十名ほどか。皆、ライアのことは見えていないかのようにきれいに無視している。
ただ、場から追い立てられるようなことはない。
おそらく、「女性」であることを期待されているから。酒を注ぐ手として見目の良い女が歩き回ることはアリなのだろう。
(家臣団の一人として会話に耳を傾けるのならば、初めから「女」として振舞うべきではない。だけど、警戒されない「女」であった方が、男たちでは聞き出せない情報が聞けるのでは……。これだけ「男」がいるのならば、自分に期待されているのは間違いなく後者……!)
アスランディア神殿のアルスという神官にも、アルザイにもそれをはっきりと言われている。
色仕掛け。駆け引き。出来ないなんて、言えない。
アーネストには死にたくなるくらい叱り飛ばされたけれど。
物珍しそうに見ている東国人に、ライアはにこりと微笑んでみた。
警戒心を笑みで溶かして。寄り添って、話を聞くのだ。役に立つことを、示さねば。
広間に踏み出す。
(セリスなら)
ふと、考える。
少年と少女の姿を持つ「セリス」であれば、こんな時どのように振舞うのだろうか、と。
悩み、迷いながら歩くライアの横を、高い足音を鳴らして颯爽と通り過ぎた男がいた。
さらりとした赤毛がなびく。
追い越しざまに、ちらりと視線をくれた。空を嵌めこんだような紺碧の瞳。
目が合ったのは、一瞬。
彼は、まるでこの場の主役のように進み出て、朗らかに言った。
「ローレンシアの『女王のしもべ』イグニスと申します。今日は我が主に代わり、皆さまの労をねぎらうべく参上いたしました。酒も食事も十分に用意しております。旅の疲れを癒し、心行くまでお寛ぎください」