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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【間章】 月にて君を想う
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退廃の国の王と姫──月──(2)

 ドアの向こうから声が聞こえたときから、ゼファードは読み止しの本に栞をはさんで手近な小卓に置いていた。


 誓って、彼女の訪れを心待ちにしていたわけではない。

 彼女がいる間は、本を読めない。どうしても諦めざるを得ないのだ。

 それがわかっているから、無駄に意地を張ってまで読書を続ける気力が、すでに無い。

 長椅子に腰かけて、出来る限りうんざりした表情をして迎えたというのに、彼女は特に気にした様子もない。


「三日に一回くらいは一緒に寝ようかなあと思って。結婚するんだし、同じ城に住んでるんだし、そういう感じじゃない?」


 ゼファードは読書用にかけていた眼鏡のブリッジに指をあてて、大仰な溜息をついた。


「何を言っているのか、全ッ然わからない」

「ええー。じゃあ耳元で言ってあげようか」

「距離の問題じゃない」

「距離の問題よう。私たち、もう少し恋人感出した方がいいでしょう」


 言いながら、さっさと歩いてきて、ゼファードの横に腰を下ろす。

 ゼファードは立ち上がって彼女と距離を置くことはなかった。座るなら勝手に座ればいいとばかりに黙殺。ただし彼女が発した素っ頓狂な言葉だけは無視しきれなかった。


「『恋人感』と言ったか」

「結婚するのよね?」

「する。しかし、べつに好き合っての結婚ではないので。余計な気遣いはやめてください」

「あら。でもあなた結構セリス姫のこと好きだったんでしょ? 『私たちは婚約しているのだよ』とか言いながら手くらい繋いでいたんじゃないの? ……ってやだ、今視線泳いだ。やだーーーー、絶対やってる顔したーー。お兄様なのにーっ」


 真横で遠慮なく騒ぎ立てる「婚約者」に対して、ゼファードはきつく奥歯を噛みしめてから向き直った。


「いい加減にしてください、アリシア。はしたない話に付き合う気はありません」

「はしたないのは自分でしょ? やむを得ない事情がと言い訳しながらセリス姫に手を出そうとしていたんじゃないの? あ、だから国から出したのかしら。自分のことが! 信用できなくて!!」


 まあ! と口を手でおさえているのは、月の国の王族の証である銀の髪を持つ見目麗しい姫君。ただし、ゼファードの妹とするにはやや年齢的に合わない印象がある。

 どちらかといえば、姉。しかし、本物のセリスを知らない者が見れば、或いは妹と信じるかもしれない。そのくらいの年齢不詳さはあった。


「アリシア……」


 忌々しそうにその名を呼び、ゼファードは唇を閉ざした。

 全力で呆れている。態度でそう示しながら。

 しかし、アリシアと呼ばれた姫はぶつけられる不機嫌をそよ風のようにいなしている。


「だいぶあなたも隙だらけになってきたわね。前はどれだけつつかれても頑なに『セリス』って私のことを呼んでいたのに」


 面白そうに言われて、ゼファードはくしゃくしゃと自分の銀の髪を指でかき乱した。


「王家の遠縁で銀髪というだけで、対外的な目眩ましのためにセリスの身代わりを頼んだわけですから、それは……。ですがもう諦めました。無理があり過ぎる。あなたはセリスじゃない。皆の前ならともかく、二人のときまでセリスと呼ぶなんて冗談ではない」

「うんうん。段々(アリシア)が好きになってきちゃったのね?」


 ゼファードの身体が傾いだ。深く座り直し、姿勢を崩してひじ掛けに手を置きつつ足をぞんざいに組む。目は決してアリシアを見ぬまま、恨みを込めるように前を見て一人呟いた。


「どうして私の周りには人の話を聞かない者ばかり……」


 ゼファードが虚空に思い描くのは、誰の面影であるのか。


 現在、必要以上に人を寄せ付けない王は、元からそうであったわけではないのを身代わりの姫ことアリシアは知っている。


(ゼファード様には、友人と呼べる存在も、時々しか訪れないとはいえ兄のように慕う相手もいて──。兄のように。大きな翼を持つ黒鷲が)


 王家の末席に連なる姫であり、年齢的に近いこともあって、アリシアはかつては王宮に出入りしていたのだ。ある時期を境にぷつりと外出を取りやめ、館に引きこもる形で、まったく社交の場とはご無沙汰にはなっていたが。


 ゼファードの横顔を見つめていたアリシアは、手を伸ばし、冷たい印象の眼鏡を取り上げようとした。

 気配を察したゼファードが「嫌です」と言いながら、顔を逸らす。

 追いすがるようにアリシアは腰を浮かして、なお腕を伸ばす。しかし、覆いかぶさるほどに身を乗り出したところで、不意に体勢を整えたゼファードが素早くアリシアの手首を掴んだ。ぐいっと引っ張られて、ゼファードの上に倒れこむ。

 体が重なり合ったところで、アリシアを掴んだままゼファードが言った。


「おいたが過ぎますよ、姫」


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