秘められぬ思い(3)
アルザイは、王宮に隊商の主だった者を迎え入れるように部下に指示を出し、その後も細かな打ち合わせを続けた。
ライアは後ろに控えて、黙って見ている形になった。
発言を求められることもなく、顔を向けられることすらなく。
(いるの、忘れてるのかな……)
アルザイと部下の話に耳を傾けつつ、ライアは窓の外に目をやった。陽が沈む。
セリスは無事だろうか。アーネストと離れないでいるだろうか。あの少年は……。
物思いに囚われそうになり、ふっと長椅子に腰かけているアルザイに視線を向けると、まともに目が合った。いつから見られていたのか、まったくわからなかった。
部屋にいた侍従や兵士たちは、すでにすべて退室している。
目が合っても、アルザイは動じることもなく、逸らしもしない。受けて立つべきかと思ったライアだが、気疲れして結局先に逸らしてしまった。
「座るか」
「結構です」
あっさりと、提案も跳ねのけてしまう。
特に気を悪くした様子もなく、アルザイは背もたれに背を預けた。
「そうだな。それほど時間はない。お前には王宮に戻って、客人の相手をしていてほしい」
「私ですか」
どういう人選なのかと、不思議に思って尋ねてしまった。すると、アルザイはなんとも言い難い微妙な表情でライアの顔を見つめてきた。
「着飾らせて、執政官でも名乗らせて酒宴につければ、うまく話を聞き出しそうなものだが……。顔がなぁ」
「私の顔が何か?」
「美人だ。客人の夜伽まで命じるつもりはないが、期待する者はいるだろう。もう少し男の興味をひかないナリをしていればとも思うが、セリスと違って身体も女だ。男のふりもできないだろうし……」
ライアは、ふ、と息を漏らした。
「セリスの身体をあらためたんですか」
前夜、閨に連れ込みながら何もしなかった件はセリスより確認済みである。それをおくびにも出さずに神妙に問いただすと、アルザイは目を瞬いてから、視線をさまよわせた。
「あれは痩せすぎて、見るからに子どもの身体だろう。だから男と偽っても、信じる者だっている。お前はそうじゃないという話をしているんだ、俺は」
「子ども扱いしようとしていますけど、セリスのことを物欲しそうに見てますよね」
「なんだと」
「違うんですか? そんなにあのラムウィンドスが気になるんですか? もしかして怖いんですか」
「黙れ」
ライアは可愛らしく小首を傾げてにこりと笑った。
「わかりました。黙って差し上げますね」
そのままにこにことアルザイを見つめる。大きな掌で顔を覆ったアルザイは、少しの間目を瞑っていた。やがて忌々しそうに言った。
「言いたいことがあるなら言えばいい」
「そのお優しさに甘えます。では言いますけど、私に対して余計な気遣いは不要です。今日一日のあなたの振舞いを見ていて思いましたが、私の使い道について考えてらしたでしょう? 酒宴の件はぜひ行かせてください」
アルザイは身を起こすと、ゆっくりと立ち上がった。
横顔が、まだ思案顔だ。
ライアは一押しするように言った。
「夜伽の一つや二つ、平気です」
「それはさすがに嘘だろう」
「そんなのあなたには関係ありません。命じれば良いでしょう、できる限りの手を使えと」
つんと顔を逸らしてライアが言うと、アルザイがとぼけた口調で言った。
「昨日、そうやって振り回して、アーネストに怒られたんじゃないのか」
「誰があなたにそんなこと……、ああ、紫」
ライアは呻いて両手で顔を覆った。
そういえば二人は、神殿内で連れ立って現れたのだ。あの抜け目のなさそうな紫目のこと、ライアの色仕掛け失敗の件に関しては察知していたに違いない。部屋の中でアーネストとの間に、何があったかまで把握されているのは、噴飯ものであったが。
「私とアーネストのことは放っておいてください。アーネストだって、迷惑に思っていると思います。あなたがたが、セリスから引き離して私をアーネストに押し付けようとしていること」
「なるほどなるほど」
「聞いてます……!?」
アルザイはくすりと笑みをもらして、含みのある視線をライアへと向ける。
「周りの思惑は利用すればいいだろう。好きなんだろ、アーネストのことが」
「馬鹿にしないでください!! 私だってそんな気遣いをされるのは迷惑だと思ってるいるんです!!」
「そうか。じゃあ遠慮なく命じよう」
ぴたりと笑いをおさめて、アルザイはライアに冷たく告げた。
「客人を、探れるだけ探ってこい。俺のために働き、せいぜい役に立てよ。家出姫」