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封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる  作者: 有沢真尋
【第四部】 隊商都市の明けない夜(前編)
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翼無き少年(前編)

 矢はその射線上に、射手の姿を見出しやすい。

 

 立ち上がったイグニスがすぐさま鋭い視線を向けたのは、連絡橋の先。西の建物の屋根の上。 

 深緑の衣を翻して、まるで自らを的に仕向けるかのように立ちはだかり、誰何(すいか)の声を上げる。


「どこの手の者だ!」


 屋根の上には目元以外布で覆った、旅装束の人の姿があった。手足がすんなりと長く、身長の割に首筋から肩はほっそりとしていて、どこか未成熟な印象がある。その見た目を裏切らず、動作は抜群に軽い。

 躊躇なく屋根より橋の上に飛び降りると、そのまま走り出す。

 イグニスが剣を抜いたが、射手は素手のまま。剣先を読んだらしく、身の動き一つですり抜けてかわした。

 ライアも、アルザイも、セリスも状況は見えていた。警戒をしていた。だが、射手は完全に目的を一つに定めていたらしく、素早くセリスに駆け寄った。

 狙いを悟ったアルザイが無言のまま剣を抜く。

 それは見越していたのだろう、射手はそのときはじめて声をあげた。


「たすけて」


 若い、少年の声だった。

 その声を耳にした瞬間、アルザイの動きに大きなぶれが生じた。躊躇と言って良い。覚束ない手元から繰り出された一撃を、少年は危うげなくかわしてセリスに手を伸ばす。

 身を引いて逃げねば。

 わかっていたはずなのに、セリスは動けなかった。理由はおそらくアルザイと同じ。


()()()……?)


 少年が、誰かわからない。

 わからないが、わからないわけないだろうと記憶の奥底が刺激される。


(誰? 知らない。知らないはず。本当に? どうしてこの声で)


 もどかしい思いに縛られたその一瞬を、彼は逃さない。

 腕を伸ばして、セリスの首に巻き付け、引き寄せる。

 色を成す、橋上の全員に、速やかに宣告した。


「動かないでください。この細い首は簡単に折れます」


 嘘ではないというように、腕にぎゅっと力をこめる。セリスは声こそ上げなかったが、息が詰まり思わず顔を歪めた。

 その場の全員の怒りをまともに向けられても、少年は動じることなく言った。


「姫をもらい受けます。あなたがたは騒いでください。襲撃を受け、姫を奪われたと」


 その声には畏れも気負いもなかった。不遜さすらもなかった。それゆえに感情をうかがわせず、目的を気取らせぬ隙の無さを際立たせていた。


「誰だ」


 アルザイが直截的な一言を放った。

 少年は答えない。

 ただ、セリスをとらえたまま一歩、二歩と後退した。すぐに、橋の腰高の縁に背がぶつかる。

 状況としては、少年は追い詰められている。けれど、その状況を作り出したのは少年だった。

 少年はセリスの耳元ですばやく囁いた。


「ゼファード様の名にかけて……」


 言葉は、それきり。

 だが、セリスはもう動けなかった。その名が出てしまったことで、抵抗の気力が削がれた。

 何より、聞きたかった。


(兄様は、あなたに何を託しましたか……?)


 姫を奪われたと、騒ぎを起こせ。そう言うからには、自分はこの人に奪われるのだ。

 それは絶対に良くない。頭ではわかっているのに、ゼファードの名を聞いたことで、心は協力したがっている。

 セリスの身体から力が抜けたのは、触れあっている少年には伝わったのだろう。身体に巻き付いていた腕が、腰のあたりの一本になる。

 自由になった手を欄干にかけて、少年はセリスにだけ聞こえる音量で告げた。


「飛びます」


 少年の身体が、弓から放たれた矢のように飛び上がり、セリスは咄嗟に少年にしがみついて声を上げた。


「わたし、死なないようにします!」


 心配するであろうアルザイとライアに向けて、精一杯の叫び。

 跳躍こそ高かったが、人の身である少年の背に翼があるわけではなく、宙に浮けば落ちるのみ。

 その落下地点を、少年はしっかりと計算に入れていたに違いない。

 橋の下を通過中の隊商の列。ラクダに乗った男の頭に片足で着き、踏みしめる。


(わ~~~!! いまのひと、首の骨大丈夫!?)


 セリスは少年にしがみついたまま首をすくめた。痛そう。

 少年の続く二足目は、もう地上。

 ラクダと徒歩の旅人の間で、突然の乱入に全方向から厳しい視線を叩きつけられているのに、少年はひるまない。

 抑制のきいた声で、セリスに告げた。


「姫。凶悪な誘拐犯を装いたいので、嫌がりながら叫んでください。下手な演技は不可です」

「無茶なことを!」


 当然の抗議を、少年は目を伏せてつんと顔を逸らし、受け流す。

 次の瞬間には、力強く走り出していた。

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